「博報賞」
過去受賞者の活動紹介

第54回「博報賞」博報賞・文部科学大臣賞受賞
[石川県]金沢市立長田中学校

創立以来「全クラス」が発表する「演劇発表会」の取り組み
独創性と先駆性を兼ね備えた教育活動領域

1948年の創立から毎年 コロナ禍も絶えず76回を重ね

 水を打ったような静けさに包まれる体育館。金沢市立長田中学校の生徒と教職員、保護者、ボランティアら約400人が体育館にいるにも関わらず、だれ一人無駄なおしゃべりをせず、咳一つ聞こえてこない。せりふが響き渡る。食い入るように舞台を見つめる生徒たち―。
 第54回「博報賞」で、最高賞である博報賞と文部科学大臣賞を受賞した長田中の「第76回演劇発表会」の様子である。同演劇発表会は 1948(昭和23)年の学校創立以来続いている。同中の1~3年生までの全クラスが2日間かけて演目を発表しており、学芸会のような楽しいステージ発表とは一線を画す。恋愛、冒険活劇、人の生死などテーマは多岐に渡るが、脚本選びから監督、演出、役者、大道具、小道具など演目を完成させるための全工程、役割を生徒たちが担っている。
 長田地区は金沢駅の西側に位置し、終戦から3年後の 1948(昭和23)年、戦後の混乱期からまだ抜けきらない時期に長田中が設立された。日本の未来を担う子どもたちに表現活動を通じて心の豊かさ、主体的に物事に取り組む積極性を育んでもらいたいと、学校創立の年に「校内演劇コンクール」として始まり、滞ることなく今年度76回を数えた。コロナ禍では教職員、保護者、地域住民を含めて開催の有無について議論を交わし、「ライブ配信」という形を探り当ててつなぎ、伝統は脈々と継承されている。

準備から発表までの全工程を生徒が担う演劇発表会
準備から発表までの全工程を生徒が担う演劇発表会

発表までの工程、役割など 全てを生徒主体で進行

 演劇発表会は総合的な学習の時間を中心に、特別活動や道徳などの教科を連動させ、全クラスが半年かけて準備するスケールの大きな取り組みといえる。まずは脚本選びから。各クラスで何本も脚本を読み、作品を選ぶ。作品が決まったらさらに脚本を読み込んでテーマやメッセージをくみ取り、登場人物を掘り下げる。その後、地元劇団員らを講師に招いた「ワークショップ型表現指導」や高校演劇の「演劇鑑賞学習会」を通じて演技の楽しさや難しさを体感し、創作意欲を高める。
 自分たちの演目をどのように仕上げるか、生徒一人ひとりがイメージできるようになったら、総監督である舞台監督、演技監督である演出、配役、スタッフを決める。役者は主役、準主役など、スタッフは照明、音響、大道具、小道具、衣装・メイク、宣伝など役割分担は幅広い。
 役割決めは劇の仕上がりを左右するだけに、議論が白熱する。意見はぶつかり合うが、学年が上がるごとに激論の内容が変化していくという。1年生は「主役になって目立ちたい」、逆に「目立ちたくないからスタッフをやりたい」など自分を主体とした意見が多いのに対し、2、3年生になると「去年の音響の経験を生かし、もっとうまくやりたい」、「やったことのないことに挑戦したいので演出をやりたい」など経験を元に、良いものを創り上げるために自分は何ができるか、あるいは何をしたいかを考え、担当選びをするようになる。
 担当が決まったら役者は稽古へ、スタッフは制作を進める。監督は全体のスケジュールを見ながら、役者とスタッフの完成イメージがかみ合っているかチェックし、違和感があればダメ出しする。
 しかし、キャストの演劇プランと演出の間で解釈に違いが生じたり、小道具や衣装の制作が遅れてスタッフが焦ったり、他のクラスと比べて自分のクラスの進捗に監督が一喜一憂したりと一筋縄では進まない。それでも生徒たちの省察には「せりふを削るか削らないかなど、どうしたら良くなるかみんなで試行錯誤したのが楽しかった」(3年男子・キャスト)、「自分の意見を言ったら、演出の人が納得してくれてスムーズに進んでうれしかった」(3年女子・キャスト)、「演出が不安になっているとキャストは何もできないと言われて、強くなれた」(3年女子・演出)などその都度問題を解決しながら成長した様子が言葉の端々にあふれている。長田中に赴任してきて4年目の八尾和明教諭は「学年が上がるごとにプライドと欲が出てきて、葛藤や意見の衝突を繰り返します。さまざまなトラブル解決も含めて生徒主体で進めることで、100%の準備をしてやり遂げる大切さを生徒たちは経験値として積んでいると思います」と見守って支えることを最優先している。

場面に合わせた背景を制作する生徒
場面に合わせた背景を制作する生徒

親子三代で出演経験の家庭も 地域とともに歩む学校行事

 演劇発表会が76回続いていることは、地域の誇りとなっている。代々長田地区に住む世帯も多く、祖父母や親から演劇発表会のことを聞いて育っている子どもも多い。地元の人たちは自分たちが経験してきた発表会でもあり、衣装づくりや大道具製作などに地域ボランティアとして協力を惜しまない。演劇発表会を通じて地域と学校の関係性が深まり、「あいさつ運動」や「資源回収ボランティア活動」、生徒会の「絆活動」など演劇以外の共同活動につながっている。土田友信教頭は「演劇発表会は効率だけでは計れない課題解決力や積極性、自己肯定感の高揚、広い視野などを身につける貴重な機会となっています。今後の生徒たちの人生に役立ててくれることを願っています」と笑顔を見せる。生徒の努力と教職員の尽力、地域や外部からのサポートが一体となり、伝統ある長田中演劇発表会はこれからも回を重ねていく。

演目ごとに真剣な表情で感想を書き込む生徒
演目ごとに真剣な表情で感想を書き込む生徒


(企画・制作/北國新聞社 北國新聞2024年3月14日 掲載分より転載)
※記載の所属・役職は、受賞当時のものです。


博報賞とは

「博報賞」は、児童教育現場の活性化と支援を目的に、財団創立とともにつくられました。日々教育現場で尽力されている学校・団体・教育実践者の「波及効果が期待できる草の根的な活動と貢献」を顕彰しています。また、その成果の共有、地道な活動の継続と拡大の支援も行っています。
※活動領域:国語教育/日本語教育/特別支援教育/日本文化・ふるさと共創教育/国際文化・多文化共生教育 など

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