「博報賞」
過去受賞者の活動紹介

第54回「博報賞」博報賞受賞
[兵庫県]雲雀丘学園小学校

人と自然の共生を目指して ~豊かな人間性とSDGsへの貢献~
日本文化・ふるさと共創教育領域

児童と保護者が参加 ヘドロを取り、生態系を守る

 2023年 12月中旬、雲雀丘学園小学校の一角にしつらえられた「ひばりの里」で、児童とその保護者約80人が集まって、池のかい掘作業と田んぼの耕運作業が行われた。ひばりの里には、二つの田んぼを挟むように外側に4つの小さな池がある。池にすむ生き物はあらかじめ別の水槽に移されており、この日は池で増えた水草を抜くとともに、底にたまったヘドロを取る作業が行われた。スコップを使ってすくったヘドロと水草はバケツに入れられた後、捨てられることなく隣の田んぼに運ばれていく。それを田んぼで待ち構えていた児童たちは、ヘドロと水草を土にすき込んでいく。これらを肥料代わりにすることで、次の田植えに備えるのだ。ヘドロが抜かれた池には砂利をもう一度敷き直したうえで水を貯めることで、生き物がすむ環境が整う。
 ズボンを泥だらけにした小学校2年生の男児は「今日はヘドロがたくさん取れた。家からだと車で30分ほど行かないと自然に出会えないけれど、ここにはいつもたくさんの生き物がいるから楽しい」と表情をほころばせる。小学校4年生の女児を持つ男性保護者は「毎年、娘とこの作業に一緒に来ることを私自身も楽しみにしている。娘がここで毎年生き物たちに触れることで成長していく様子を実感している」と話す。年々児童、保護者の参加数が増えていることに加え、リピーター参加者による手慣れた作業で、この日は予定していたより30分早く終えることができた。

昨年 12月に行われた「かい掘作業」
昨年 12月に行われた「かい掘作業」

自然体験プログラムで たくましい子どもたちの育成を

 「AI に負けない、学力と人間力を備えたたくましい子どもたちを育てたい」。2019年に控えた開学70周年を前に同学園ではそんな思いをもとに新たな教育カリキュラムを模索していた。その議論の中で見出したのが自然体験プログラムだ。阪急宝塚線「雲雀丘花屋敷」駅からすぐ南の敷地内のすり鉢状の涸れ池があった場所に手を入れ、学校ビオトープひばりの里として生まれ変わらせた。そして最初にミナミメダカの 1種だけを池に人工的に放ち、田んぼをつくりながら、生き物が増えていく様子を見ていくことにした。
 授業としてこのひばりの里を主体的に取り入れているのは3、4年生だ。3年生では1年間を通して、代かき、田植え、稲刈り、脱穀まで稲を植えて米にするまでの一連の作業を体験する。「カエルを見たことがない、虫を捕まえたことがない、という子どもたちがとても多く、初めはどうやって捕まえたらよいのかもわからず、つかまえたとしても怖くて触れない子どもたちばかりでしたが、慣れていくうちにどんどん捕まえられるようになり、こんな虫がいたと教えてくれるまでになっていきました」と、ひばりの里のアドバイザー・講師を務める ESD・環境教育団体satosato代表の米本桂子さん。
 観察できる生き物はどんどんと増えていき、現在はアカハライモリ、コオイムシなど 12種類の絶滅危惧種を含む242種類(2023年度調べ)の生き物が確認できるまでになった。小学校4年生の女児は「今日のように掃除をして生き物たちが呼吸しやすい住み心地の良い、また隠れやすい環境をつくることで、エサになる虫も増え、生き物たちがさらに増えていくことがわかった。私自身も初めはこわいと思っていた虫がかわいくなった。これからももっと生き物の数を増やしていきたい」と言う。

自然を体験しながら「知る」「考える」「行動する」

 授業では、自然を体験しながら「知る」「考える」「行動する」というプロセスを大切にしている。例えば、田植えでは1人3本ずつ苗を植える。順調に育ってすべてに実がなれば、1年で20㎏のお米に代わるはずが、実際には5㎏だったり8㎏だったりしか収穫できない。なぜなら実が鳥や虫などに食べられてしまうからだ。そこで授業では、農薬を使ってでも収穫量を増やすか、これまで通り農薬は使わず生き物と共存するかについて議論をする。子どもたちからは両方の立場から意見が出されたが、最後に意見としてまとまったのは「農薬を使わずに収穫量を増やす方法を考える」だった。
 そこで、4年生になってからの1年間は、そのための基礎となるデータを拾い上げるため、ひばりの里のどのあたりでどの生き物がどれくらい増えているのかを調べることにした。そのようにして調べた結果をもとに、農薬を使わずどのような対策を取れば収穫が増えるのかを考え、次の田植えに生かそうとしている。

毎年ひばりの里で3年生が行っている田植えの様子
毎年ひばりの里で3年生が行っている田植えの様子

自然と触れることで 高まる自己肯定感

 米本さんが3年生に対して米づくりの体験前と体験後で実施したアンケート調査によると、知っている生き物の名前が体験前は「1〜2種類」が70%と最も多かったのが、体験後は「3〜5種類」が62%と最も多くなった。米づくりと田んぼの関係については、「人と生き物の両方にとって大切」と答えた割合が体験前は71%だったのが、体験後は85%にまで増えた。「食べ残しているか」という問いに対しては、「残さないようにしている」が体験前と体験後で29%から41%に増えた。また、「自分がより好きになった」という問いに対しては、83%が「好きになった」と答えた。その理由について米本さんは「活動を通して、米づくり、自然に対する知識が増え、ひばりの里を大切にしたいと思う気持ちが強くなることで自信がつき、いやだ、難しいと思うことでもやってみようとする気持ちが芽生えたからでは」と分析する。
 小学校1年生のときに学校ビオトープづくりから携わってきたという小学校5年生の男児は「毎年のように新しい虫を発見できることが楽しかった。今年もいつもと違うゲンゴロウを見つけた」と目を輝かせ、「これからもひばりの里にかかわり続けていきたい」と話す。
 雲雀丘学園小学校では小学校3、4年生だけでなく、ひばりの里を利用して小学校1、2年生から季節ごとに自然遊びを行う。ヤマモモを採って食べたり、落ち葉を拾って田んぼにまく作業をしたり。そのうえで3年生の田植えを経験し、4年生では米づくり体験をふまえ池の水辺の生き物の環境へと視野を移していく。「他の教科では目立たなかったのが、ひばりの里の授業になるといきいきとしだす子どもがいて、子どもたちの特性に気づかされる」とプロジェクトを担当する雲雀丘学園小学校教諭の巽匡佑さん。今後は5、6年生の授業にもひばりの里と関連付けたカリキュラムを考えていく計画で「雲雀丘学園を巣立っていった子どもたち、関わる保護者、教職員も含めさらに多くの人を巻き込んで、自然との共存を考えるきっかけになる機会を増やしていきたい」と語る。


(企画・制作/神戸新聞社 神戸新聞2024年3月15日 掲載分から転載)
※記載の所属・役職は、受賞当時のものです。



博報賞とは

「博報賞」は、児童教育現場の活性化と支援を目的に、財団創立とともにつくられました。日々教育現場で尽力されている学校・団体・教育実践者の「波及効果が期待できる草の根的な活動と貢献」を顕彰しています。また、その成果の共有、地道な活動の継続と拡大の支援も行っています。
※活動領域:国語教育/日本語教育/特別支援教育/日本文化・ふるさと共創教育/国際文化・多文化共生教育 など

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