第54回「博報賞」博報賞・文部科学大臣賞受賞
[愛媛県]西条市立西条小学校
「にほんご指導教室」を 愛媛県下で初めて設置
西条市は、近隣の造船所などで働く外国人労働者の増加に伴い、外国籍や帰国子女で日本語指導が必要な子どもたちが増えたことから、2016年に西条市立西条小学校内に愛媛県下で初めて「にほんご指導教室」を設置した。ここでは日本語の指導が必要な児童に対し、日本の文化や学校生活に早くなじみ、自らが主体的に学校生活を送るために必要な教育活動や支援を行っており、現在(2024年2月時点)までの約8年間で合計35人が利用している。
西条小の校区の内外を問わず、市内に在住している児童が対象で、教室には担当教諭として日本語指導教員1人のほか、補助員1人と支援員2人が配置されている。
現在は1年生から6年生まで計 10人の対象児童がおり、そのルーツはフィリピン、中国、台湾、カナダと多岐にわたる。10人はそれぞれ対象学年のクラスに在籍しながら、国語などことばの理解が難しい教科については、校内に設置された「にほんご指導教室」に移動し、個別もしくは少人数で指導を受けている。それ以外の教科は、在籍しているクラスで日本語指導教員や補助員などのサポートを受けながら、クラスメートと一緒に学んでいる。
子どもの日本語能力を多面的・継続的に把握
日本語指導が必要な児童の中には、日常会話が十分にできない児童もいれば、日常会話はできても学習に必要な日本語能力が不足している児童もいることから、まずは一人一人の日本語能力を把握することが求められる。そこで文部科学省が作成した「外国人児童生徒のための JSL対話型アセスメント(通称DLA)」を用い、児童の日本語能力を「話す」「読む」「書く」「聴く」の4領域について正確に測定する。従来の筆記テストや集団テストと異なり、指導者が児童と一対一で対話をしながら進めるため、実施過程そのものが学びの機会となる。また、複数あるテスト教材の中から児童の実態に合うものを選べるため、児童が発揮し得る最大限の日本語能力が測定でき、その後の指導方針を検討する資料としても活用できる。
一方で、日本語指導の効果を上げるためには、児童が生まれ育った生活環境や文化的背景などを把握する必要がある。そこで1学期に実施する最初の保護者面談では、児童の家庭での生活や学習の様子、母語と日本語の使用状況、保護者の児童に対する進路希望などについてできるだけ詳細にヒアリングしている。2学期、3学期にも面談を実施し、児童の日本語能力や生活実態などを多面的、継続的に把握している。
個別最適な学びに向け 教材や授業内容を工夫
日本語の指導を受ける児童の多くは、日本語の長文に抵抗感があることから、国語の授業では、日本語指導教員が児童の日本語能力に合わせて個別に作成した「リライト教材」を使用している。英語の文章のように、単語が一語ずつ空白で切り離され、すべての漢字に読み仮名が振られ、難しい言葉は平易な表現に書き直されている。
また学年が上がるにつれ、教科書には抽象的な表現が増えてくるが、日本語能力が十分でない児童は抽象と具象の区別ができず、理解が難しくなる。そこで理解を促すために、授業ではできるだけ具体的なものを見せるようにしており、例えば、和紙が出てくる授業では、和紙と洋紙を準備し、児童に触れさせたり、タブレット端末で画像や動画を検索させたりした。国語辞典と違い、母語で検索できるタブレット端末はとても使い勝手がよく、クラスメートとのコミュニケーションにも役立っているという。
教科書に知らない表現が出てきたときは、できるだけ生活場面とつなげて考えさせている。レストランを想定した授業では、2人の児童に店員と客を演じさせ、学校生活では使わない「いらっしゃいませ」などの言葉を正しく理解させるほか、レストランでの注文や会計の仕方なども教えている。
また、地域の日本語教室などとも連携しており、最寄りの西条公民館では毎週水曜日に「にほんご未来塾」と称し、2時間程度の日本語指導を行っている。日本語の読み書き、宿題や予習・復習の支援、挨拶や言葉遣いなど生活習慣のアドバイスをし、児童の様子や課題は学校と共有している。
〝個性〞を認め合う「温かい仲間づくり」
「にほんご指導教室」の成果は、継続的に実施している「DLA」の結果にはっきり現れており、大半の児童の日本語能力が向上している。入級当初は自分の思いを単語でしか表現できなかった児童も、1年後には日本語の文章として思いを表現できるようになり、日本語の上達とともにクラスメートと一緒に遊ぶ時間が増えてくる。また児童の多くは保護者よりも先に日常的な日本語を理解するため、必要に応じて児童が保護者の通訳を務めるなど、家族の日常生活を支える存在になっている。
考え方や行動の変化は、日本人の児童にも現れている。低学年から価値観の異なるクラスメートと接することで、お互いの共通点や相違点を知る機会が生まれ、自分との違いに寛容になる。さらに、日本語が分からずに困っている児童を助けることが当たり前になり、苦手なことやできないことを〝個性〞として受け入れる。その結果、「にほんご指導教室」の設置以降、言葉の不安から不登校になった児童は一人もおらず、同校が取り組んでいる人権・同和教育を柱とした〝温かい仲間づくり〞につながっている。
約2年間、「にほんご指導教室」を利用している6年生の児童は「教室に通うようになって友達としゃべれるようになり、最近はインターネットの話をしている。日本語の書き方も改善できた」とその効果を教えてくれた。
藤原利恵校長は「日本語はもちろん、日本で生活していく上で必要な力を身に付けさせ、伸ばしていくことが大切。そのためには児童一人一人と向き合いながら、指導や支援の方法を進化させていきたい。これは、西条小の全児童に対しても同じです。」と話す。
西条小の「にほんご指導教室」は児童や保護者、地域を巻き込みながら、個別最適な学びを追究するために、これからも進化していく。
(企画・制作/愛媛新聞社営業局 愛媛新聞2024年3月14日 掲載分から転載)
※記載の所属・役職は、受賞当時のものです。
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