コラム

Vol.121

by ひきたよしあき 2025.07.15

「敬語」のコトダマ

敬語を使う機会がめっきり減りました。
親や先生に対しても敬語を使うことが少なくなりました。
今は、敬語で距離をつくるより、フレンドリーに接することが好まれます。

だからと言って、敬語を全く使わないわけにはいかない。
多くの大学生は、アルバイトをしたときに敬語の大切さを知ります。

そこで

「ハンバーガーセットになります」 
「コーヒーをお持ちしました」
「1万円からお預かりします」

と言った間違った敬語を覚えてしまうケースも少なくありません。

敬語は、若い人の問題ばかりではありません。今、話題になっているのが

「させていただきます」症候群。

「ご説明させていただきます」
「司会を担当させていただきます」

と、「させていただきます」のオンパレード。
あまりに多すぎて、イライラする人も多いのではないでしょうか。

「させていただきます」
には、2つのルールがあります。

1 相手に許可を得る
2 自分に恩恵がある。

例えば、

「入場する際にカバンを点検させていただきます」

ならば、カバンを点検する許可を持ち主にとる必要があり、その許可によって、自分が点検できるという恩恵を被ることができます。

ところが、

「資料を配布させていただきます」

の場合には、資料の配布は、周囲の許可をとる必要のない決まったことなので、

「資料を配布いたします」

でいいわけです。

しかし、ルールはこうであっても、
「資料を配布させていただきます」
と言ってしまう心情もわからなくもありません。

配布する相手が、目上の人やえらい方だった場合、自分の意思で配布すると生意気に思われないか、と不安になる。
そこで、目上の人に許可をとる言い回しとして

「資料を配布させていただきます」

となってしまうのです。

結局は、文法の問題よりも、嫌われたくない、
生意気に思われたくないという気持ちが、
「させていただきます」の多用につながっているのでしょう。

言葉は、生き物です。
文法的にはおかしくても、多くの人が使っているうちに、認められるものになるケースも多いのです。

例えば、

「ご覧ください」

は文法上、明らかに間違い。正しくは、

「ご覧になる+ください」で
「ご覧になってください」です。

しかし、今の時代「ご覧ください」は多くの人に認められ受け入れられています。

こんなふうにして、敬語もかわっていくのです。

「敬語のコトダマ」
それは正しいことも大切ですが、何よりも相手に敬意を示す心が含まれた言葉。
多少間違っても、相手への心をこめた言葉でありたい。

とはいえ、正しい敬語を身につける努力を
大人も子どもも忘れないようにしたいものですね。

  • ひきたよしあき プロフィール

    作家・スピーチライター
    大阪芸術大学客員教授
    企業、行政、各種団体から全国の小中学校で「言葉」に関する研修、講義を行う。
    「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)、「人を追いつめる話し方、心をラクにする話し方」(日経BP)など著書多数。