「博報賞」
過去受賞者の活動紹介

第54回「博報賞」博報賞受賞
[大阪府]東海大学付属大阪仰星高等学校中等部

枚方市地域発展プロジェクト「10年後、戻りたくなる枚方のまち」
日本文化・ふるさと共創教育領域

 大阪府枚方市は人口約39万人、関西屈指のベッドタウンだ。近世に京街道が整備され、旧東海道の56番目の宿場町となった。市西部を流れる淀川の「三十石船」の中継港としても賑わい、京、大坂を結ぶ重要な役割を果たした。
 このまちで 1996年に開校した東海大学付属大阪仰星高等学校中等部(小寺建仁校長、生徒数は男女計250人)が続ける地域発展プロジェクト「 10年後、戻りたくなる枚方のまち」が、第54回「博報賞」に選ばれた。
 同校は中高一貫教育を通して、「持続可能な社会の実現に向けて自主的に行動できる」など、世の中の変化に対応し、生き抜いていける人物の育成を目指している。そのために必要な能力・資質を「チーム仰星・10のチカラ」として定義。中等部では2、3年生が総合的な学習の時間を活用して地域発展プロジェクトに取り組んでいる。
 審査では「自分で歩いて苦労しながら仮説を立て、地域の問題を自分のこととして考える力をつけている。市民を前にしたプレゼンテーションなどを通して、シティズンシップ教育の基礎が培われている」と高い評価を得た。

塩熊商店の小野紘詳・代表社員にインタビューする2年生=枚方市三矢町
塩熊商店の小野紘詳・代表社員にインタビューする2年生=枚方市三矢町

地域の応援が生徒のモチベーションを高める

 仰星中等部の地域発展プロジェクトは、①枚方市のデータ分析や他地域との比較から、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の視点で、より良いまちにする仮説をたてる②地域の商業施設を見学し、歴史地区の人々などにインタビューを行う③フィールドワークで得た情報を分析・整理してポスターにまとめ、地域の人々を招いて発表会を実施。地域の代表が選んだ優秀作品を表彰する(以上2年生)④発表をもとに、枚方まちづくり協議会など関係機関の意見、生徒投票などで「実現に向けて取り組むアイデア」を決定。地域と協働して実行する(3年生)――という流れだ。地域の積極的な協力を得て、生徒がキーパーソンと直接に関わりながら、学習を深めていく。
 2020年、コロナ禍の行動制限のなかで、枚方市青年会議所の企画「枚方景画(けいかく)― 10年後の枚方を考えよう―」に生徒がポスターを応募したことがきっかけになり、現在の形ができあがったという。
 小寺校長は「地域の方々との信頼関係も深まりました。生徒は地域の空気を吸って、いろいろな方々と話すだけでも、得るものは多いと思います。枚方市の課題を一生懸命に考える姿を見て、応援してくださる方が増え、生徒のモチベーションも高まっています」と意義を語る。

リアルな声を聞き、「自分の目線も変わった」

 2023年 11月16日、2年生の96人が教室からまちへ出て、インタビューを実施した。事前学習で練った仮説をもとに行うフィールドワークだ。4、5人の班に分かれて、枚方市駅の周辺を歩いた。訪問先は旧宿場町の歴史地区に並ぶ商店、広域型商業施設・市街地住宅を中心とした複合ビル「枚方ビオルネ」、京阪百貨店などだ。
 「道の凸凹が目立つ。車いすの人は大変なのでは?」
 「道路の幅がもう少し広いほうがよいと思いますが、いかがですか?」
 仮説に沿って質問する。初めての経験なので、「緊張して言葉が震えてしまった」という生徒もいた。訪問先には事前に質問項目が伝わっており、受け答えは温かく、示唆に富んでいた。
 「道幅が広がると車の通行量や路上駐車が増える、という心配もあります」(歴史地区の商店主)
 「表示を車いすのお客さまの目線に合うようにしたり、冷蔵ケースのコードがひっかからないように、気を付けたりしています」(百貨店食品売り場の店員)
 地域の不安、プロの配慮など、リアルな声を聞くことができた。
 生徒たちも「同じ質問でも、店舗によって答えが違っていて面白かった」「お店の人の目線を知ることができ、自分の目線も変わった」「枚方に何が足りないのかを働いている人から聞けて、改善点がわかった」など、満足度は高かったようだ。
 教務主任の山崎智代先生も「積極性、コミュニケーション力、プレゼンテーション力が高まっていくのがわかります」と、地域発展プロジェクトを通して成長する生徒たちを頼もしそうに見守る。

プレゼンで伝える大切さを学び、提案を実現

 集大成はフィールドワークの結果を分析して作成したポスターのセッション発表会(3月)だ。お客さんが来るたびにプレゼンをするので、約2時間で各班が20回程度繰り返す。「ガチガチになって原稿を読んでいた生徒が、少しずつ慣れて、大きな声でしっかり話せるようになっていきます」(山崎先生)。昨年3月に体験した3年生も、「聞いた人がよかった点や改善点を言ってくれた。やりがいがあり、楽しかった」「知らない人に自分たちの考えを話す力が大切だと思った」と振り返る。
 だが、これで終わりではない。生徒がポスターに書いたうち、3つの提案が実現する。「アクリル板再利用」は、コロナ禍に学校食堂で使われたアクリル板を3年生全員でカット、やすり掛け、穴あけしてビスで固定し、「フォトスタンド」に再生。2023年 11月に「枚方ビオルネ」で、端材や拾った枝葉を使ってフォトスタンドを装飾するワークショップを開き、アクリル板を活用したクリスマスツリーの飾り付けも行われた。
 市民の防災意識を高める「防災フェスタ」も2024年3月2日に実施された。生徒が枚方ビオルネの来店客に模造紙で説明。「携帯おにぎり」や、ジャムなどをつけておいしくなる乾パンの試食も行った。「学校主催のマルシェ」という活性化案は、現2年生が引き継ぎ、歴史地区の「枚方宿くらわんか五六市」(毎月1回)への出店を目指す。

アクリル板を再利用したワークショップで、親子に説明する3年生(東海大付属大阪仰星高等学校中等部提供)
アクリル板を再利用したワークショップで、親子に説明する3年生(東海大付属大阪仰星高等学校中等部提供)

ネットでは得られない価値を学ぶ

 仰星中等部は地域発展プロジェクトを通じて、枚方市活性化の一員となりつつある。「フィールドワークで訪れる生徒から学ぶことも多い。今後が楽しみ」(塩熊商店の小野紘詳・代表社員)と期待する声も多く聞かれる。
 成長を願って手厳しい忠告をする人もいる。枚方ビオルネを運営する「枚方パートナーシップス」の岡部宏明会長だ。フィールドワークを終えた2年生に講演し、「AI(人工知能)やロボットに頼らないでほしい。大切なのははっきりした正解のない課題に好奇心を持つことだ」と熱く訴えた。
 岡部さんは、年ごとにネット情報に頼った発表が目につくように感じていた。ただ、ストレートに指摘するのではなく、全員に冊子を渡して話を続けた。昭和30年代の枚方を紹介する町内会作成の『岡本町ふるさと絵図』だ。子どもから高齢者まで、一般の人たちが2年間かけて当時を知る人たちを訪ね、暮らし、交通、仕事、行事、遊びなどの様子を聞き、絵画教室の先生から手ほどきを受けて描いた労作だ。
 生徒たちは冊子から知らなかった枚方の歩みを学んだ。岡部さんの気持ちを「『人間には AI にはない感情がある』という言葉が心に残った」「なんでもネットに頼っていた。自分で考えないといけない」と重く、素直に受け止めたようだ。
 さらなる深化が期待される地域発展プロジェクト。小寺校長は「経験した生徒たちは高等部でも探究学習で積極的に活躍しています。成長の礎になっていると思います」と成果に力を込める。

(企画・制作/産経新聞社メディア営業局 産経新聞2024年3月15日 掲載分より転載)
※記載の所属・役職は、受賞当時のものです。

博報賞とは

「博報賞」は、児童教育現場の活性化と支援を目的に、財団創立とともにつくられました。日々教育現場で尽力されている学校・団体・教育実践者の「波及効果が期待できる草の根的な活動と貢献」を顕彰しています。また、その成果の共有、地道な活動の継続と拡大の支援も行っています。
※活動領域:国語教育/日本語教育/特別支援教育/日本文化・ふるさと共創教育/国際文化・多文化共生教育 など

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