「博報賞」
過去受賞者の活動紹介

第54回「博報賞」博報賞受賞
[愛媛県]新居浜市立別子中学校

地域とのパートナーシップで、共に未来をつくる「別子ファーム」
独創性と先駆性を兼ね備えた教育活動領域

生徒会選挙の公約から地域の未来が動き出す

 別子中学校がある別子山地域(旧別子山村)は、新居浜市の市街地から車で約1時間の山間部にある。かつては別子銅山で栄え、明治後期には約1万2千人が暮らしていたが、1973年の銅山閉山以降、人口は減少し続け、新居浜市と合併した2003年は205人、現在は約 110人で、深刻な過疎化に直面している。
 中学校の生徒数も減り続ける中、学校の存続に危機感を抱いた地域住民からの要望を受け、新居浜市は 16年度に校区外から毎年6人程度の生徒の受け入れを開始。英語・理数教育を充実させた「グローバル・ジュニア・ハイスクール」として再スタートした。
 校区外から入学し、寮生活を送っていた生徒の一人が、19年に行われた生徒会選挙で、過疎化という地域課題をSDGs の考え方で解決するアイデアを公約に掲げ、当選する。これを機に、SDGs の目標 17「パートナーシップで目標を達成しよう」の考え方を軸にした「別子ファーム」という活動が20年4月に立ち上がった。地域住民の野菜づくりのノウハウと中学生の体力や発想など、互いの強みを生かしながら地域でつながり、一緒に野菜を育てるという活動だ。やがてこの活動は多くの住民や関係者を巻き込みながら、地域の未来の希望へと変わり始める。

地域住民に教わりながら畑を耕す生徒たち
地域住民に教わりながら畑を耕す生徒たち

〝野菜づくり〞の前に〝理念づくり〞を実践

 この活動に全校生徒 15人(当時)が参加するに当たり、まず行われたのが、手段が目的化することを防ぐための理念づくりだ。「中学生と地域がパートナーシップを結び、地域を元気にする」を理念に掲げると同時に、野菜づくりは目的でなく、理念を果たすための手段であることが共有された。現在もすべての活動がこの理念に沿って展開されている。
 理念が決まると生徒たちは学校近くの休耕地を借り、地域の大人たちを先生に、野菜づくりを開始する。夏はトマトやピーマン、秋は白菜や大根などを育てながら、生徒たちは土の軟らかさや匂いを感じた。ときには枯れかけた野菜が地域住民の知恵で復活するなど、生命を育むことの尊さに触れ、収穫時には大きな喜びと達成感に満ちあふれた。
 翌21年からは収穫した野菜の販売にも挑戦する。観光施設「マイントピア別子」に3日間限定で出店。「野菜販売を通して、お客様と別子山地域をつなぐこと」を野菜販売の目的とし、価格設定や広報戦略、商品管理などを生徒自らが行った。野菜は早々に完売し、これまで接点のなかった人々とつながることができた。
 地域とのつながりが深まる中、生徒の発案で 12年ぶりに夏祭りが復活する。22年7月 19日に開催された「ふるさと別子夏まつり」には、地域の人口とほぼ同じ約 110人が、会場となった中学校体育館に集結。目玉となった盆踊りでは、伝統芸能「トンカカ踊り」と「牛若踊り」が披露された。この日のために練習を重ねた生徒をはじめ、地域住民や卒業生、保護者などが一つの輪になって踊り、つながったことで、中学生の存在が地域の大きな喜びと希望に変わった。

生徒たちの合意形成は多数決より対話を優先

 この活動が地域に受け入れられ、発展を続ける要因の一つとして、生徒の主体的な対話による合意形成がある。すべての活動は全員参加の話し合いで進められており、誰一人取り残さないために多数決は取らない。生徒たちは興味や強みに応じて「野菜管理部」「地域連携部」「広報・PR部」のいずれかに所属し、それぞれの個性を発揮しながら、対話を通じてさまざまな課題解決に取り組んでいる。また、年度が変わってもスムーズに活動が引き継げるよう、各部署に全学年が所属している。
 教師の関わり方にも大きな特徴がある。通常、教師は自らの知識や経験を基に生徒を指導するが、この活動では生徒の自己決定や探究を促すことに重点を置き、教師は「学びの伴走者」に徹している。教師によっては従来とは異なるアプローチとなるため、実践を積み重ねながら試行錯誤し、職場の同僚たちと学び続けることで、教師自身も成長していく。
 また教師が立案した授業計画は、ほかの教科と密接に関わっている。例えば、野菜づくりには生物や地理の知識、野菜販売には社会や数学の知識が必要で、海外の学生に活動を紹介するには英語が不可欠となる。ほかの教科とつながることで、生徒の興味や関心が刺激されている。

「別子ファーム」の活動をリードする3年生
「別子ファーム」の活動をリードする3年生

地域とのつながりをより深める取り組み

 23年 12月21日、地域住民が提供してくれた猪肉と「別子ファーム」で採れた野菜を使った「猪鍋を囲む会」が開かれた。参加した3年生6人は、祖父母世代の地域住民たちから野菜の切り方などを教わり、一緒に楽しく調理を進める傍ら、猪による害獣被害という地域課題も学んだ。完成した猪鍋の味は格別で、食事中も話が弾む。参加者に話を聞くと、生徒たちからは「料理を通じてまた一つ、別子とのつながりができた」「地域の方の温かさをあらためて感じ、別子のことがより好きになった」など、地域住民たちからは「生徒たちと関わることで元気がもらえる」「卒業後も猪鍋を食べに帰ってきて欲しい」など、互いのつながりの深さが感じ取れることばが続いた。
 この活動を当初から見守る池田光希教諭は、生徒の成長過程を「協力・協働・共創」の3段階で教えてくれた。「1年生は仲間や地域の方と〝協力〞して野菜づくりをするうちに、他者や地域の役に立てていることを実感します。2年生になると『地域を元気にする』という理念に沿って他者との〝協働〞を意識するようになり、後輩のサポートもできるようになります。3年生ではさまざまなアイデアで地域との〝共創〞に挑戦し始め、その過程で自らの価値観や行動の変容を実感します」。 
 また新たな取り組みとして、23年度から地域住民との対話交流会「おしゃべっし」がスタートした。生徒と地域住民が互いのことをより深く知るために、一対一で20分間、互いの人生について問い掛け合う会話をするというものだ。互いを知り、つながりが深くなれば、これまで以上に協働や共創による活動が期待できるほか、卒業した生徒が「別子」に帰ってくる呼び水にもなる。
 生徒会選挙の公約から始まった「別子ファーム」の活動は、年々地域とのつながりを広く、深くしながら、その未来に希望の光を当て続けている。

地域住民と一緒に猪鍋を作る生徒たち
地域住民と一緒に猪鍋を作る生徒たち


(企画・制作/愛媛新聞社営業局 愛媛新聞2024年3月15日 掲載分から転載)
※記載の所属・役職は、受賞当時のものです。



博報賞とは

「博報賞」は、児童教育現場の活性化と支援を目的に、財団創立とともにつくられました。日々教育現場で尽力されている学校・団体・教育実践者の「波及効果が期待できる草の根的な活動と貢献」を顕彰しています。また、その成果の共有、地道な活動の継続と拡大の支援も行っています。
※活動領域:国語教育/日本語教育/特別支援教育/日本文化・ふるさと共創教育/国際文化・多文化共生教育 など

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