「博報賞」
過去受賞者の活動紹介

第54回「博報賞」博報賞受賞
[長野県]伊那市立伊那西小学校

日本で一番学校林が身近にある小学校 ~林間を活用した学びがもたらすもの~
独創性と先駆性を兼ね備えた教育活動領域

開校当初からある学校林

 伊那市の西部、中央アルプスの麓にある伊那市立伊那西小学校は、全校生徒69人。各学年1クラスずつの小規模な学校だが、近年、少しずつ児童数が増えている。その大きな理由は、学校に隣接する約 1.8㌶の学校林を活用した、独自の教育活動だ。
 同校は 1950(昭和25)年に開校。地域の子どもたちが育つ場として住民が大切に考えてきた学校で、学校活動と地域の関わりが深かった。開校当初からあった学校林にも、地域の人々がさまざまに関わってきた歴史がある。
開校当初、300人近い児童数があったが、過疎化とともに児童数は減少し、少子化もあって現在は開校当時の4分の1以下に。このまま減り続ければ学校の存続も危うくなるかもしれない――。そうした危機感が高まったことから、同校は2018(平成30)年、学区外に住む児童も受け入れることができる、伊那市の「小規模特認校」となった。そして、学校林を活用した同校の学びの姿は、市内外から入学希望者を集める力になっている。

学校林内に立つあずまやには、プロジェクターが備えられ、Wi-Fi 環境もある
学校林内に立つあずまやには、プロジェクターが備えられ、Wi-Fi 環境もある

「わたしの木」に見守られて成長

 同校の有賀大校長は、学校を紹介する時「日本一学校林が近いところにある学校です」と話す。単に距離的に近いというだけでなく、子どもたちがここに足を踏み入れ、活動する頻度の高さも含めての「近さ」だ。
 学校林はカラマツやコナラをはじめさまざまな樹種が混在する雑木林。林の中には子どもたちが集まって先生の話を聞いたり、仲間同士で話し合ったりできるあずまやがあり、そのそばには地域の人が協力して作ったステージがある。
 同校に入学した児童は、まず学校林の中で「わたしの木」を選び、そこに名札を立てる。学校林での活動はそこから始まり、理科の授業や総合学習の時間をはじめ、幅広い学びがここで行われる。一人一人の子どもたちは、「わたしの木」を気にかけながらさまざまな活動に取り組み、この木に見守られながら成長する。

「答えのない問題」に主体性を持って取り組む

 学校林での特徴的な活動の一つが、林内に設けられたマラソンコースの整備だ。舗装されていない林内を走るには、危険がないように道を整えなければならず、整備活動には学年の枠を超えた縦割りの班で当たっている。上級生は下級生の望みを取り入れながら作業を計画し、自分たちの姿を下級生に見せながら実際の作業を行う。
 子どもたちの中には、自分の思いを伝える力、他者の考えを受け入れながら、自分の考えとすりあわせ、どうやったら皆の思いを実現できるか考える力が身に付いていく。
 教職員は、道のどのように整備するかについて、基本的に口を出さず、可能な限り子どもたちの主体性を促す。コース上にある木を切るか切らないか、子どもたちが考える。上級生になると「これは野いちごで、ジャム作りに使うから残しておこう」など、根拠に基づく判断ができるようになる。
 大きな木の根を切って取り除こうという計画に「根を切ったら木が枯れてしまうかも」という意見が出た時、先生は答えを言わず「切ったらどうなるか、やってみたら?」と挑戦を促す。その根に関係する部分だけが枯れた、という結果は、子どもたちの貴重な経験になった。そのように「答えのない問題」に繰り返し、協力して、試行錯誤しながら取り組むことで、子どもたちの考える力、判断する力は着実に養われていく。

マラソンコースの整備で、木の根を取り除く
マラソンコースの整備で、木の根を取り除く

大きな成果は「自分と違う意見」に向き合う姿

 文部科学省が毎年行っている、全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果から、同校の活動の成果が垣間見える部分がある。学校生活について児童に尋ねた「自分と違う意見について考えるのは楽しいと思いますか」という質問に「当てはまる」と答えたのは、全国、全県とも3割強だったのが、同校では6割を超えている。
 「学校へ行くのは楽しいと思いますか」という質問に「当てはまる」と答えたのは、全国・全県が5割前後なのに対して、同校は7割を超えている。
 一人一人の子どもの中でも変化が見られる。いつも先生に「どうしたらいいですか」と確認しないと行動できなかった子が、自分で判断して行動できるようになった。自分の意見を言うのが苦手だった子が、下級生と一緒に活動する中で自分の考えを提案できるようになった。学校を休みがちだった子が、学年が上がるにつれて出てこられるようになった…。そうした変化に、学校林での活動は深く関係しているようだ。
 学校自体にもたらした変化は、児童数の増加だ。伊那市の小規模特認校となった翌年の2019(令和元)年度、46人だった全校児童数はそれ以降右肩上がりに。現在の69人の児童のうち、半数を超える35人が特認校制度の利用と、学区内に教育移住した子どもたちになっている。

地域の人々と関わり合い、学びを楽しむ環境に

 伊那西小学校で学びたい、と願い同校を見学に訪れる人は今も数多い。有賀校長は、今後も児童数は増えて、小規模特認校としての上限(1クラス 15人)いっぱいの90人に届くのではないか、とみている。この規模が維持できれば、教職員の目が行き届き、安全に配慮しながらも学校林の中で思い切った活動ができる。できるだけ多くの子どもたちが、自然の中でさまざまな学びが得られるようにしたい、と同校長は願っている。
 同校は小規模特認校であると同時に、地域の人たちが学校運営に参加する「コミュニティースクール」でもある。学校林の維持管理や学習活動に地域の大人たちが協力するだけでなく、地区の運動会と同校の運動会が同時開催だったり、公民館の行事が同校で行われたりするなど、地域と学校の結びつきが非常に強い。それは、子どもたちが地域の大人の姿から多くのことを学び、地域住民もさまざまな子どもたちがいることを知り、受け入れることにもつながる。
 身近な学校林という自然、そしてそこに関わる地域の人々。子どもたちのすぐそばにある環境を、教育活動の柱に据えているからこそ、地に足の付いた学びができる。「一人一人の子どもの中に、『学ぶことは楽しい』という思える瞬間を、できるだけ多く作っていきたい」と有賀校長は話している。

仲間と協力して、大きなタケノコを掘る
仲間と協力して、大きなタケノコを掘る

(企画・制作/信濃毎日新聞社マーケティング局 信濃毎日新聞2024年3月14日 掲載分より転載)
※記載の所属・役職は、受賞当時のものです。

博報賞とは

「博報賞」は、児童教育現場の活性化と支援を目的に、財団創立とともにつくられました。日々教育現場で尽力されている学校・団体・教育実践者の「波及効果が期待できる草の根的な活動と貢献」を顕彰しています。また、その成果の共有、地道な活動の継続と拡大の支援も行っています。
※活動領域:国語教育/日本語教育/特別支援教育/日本文化・ふるさと共創教育/国際文化・多文化共生教育 など

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