第54回「博報賞」博報賞・文部科学大臣賞受賞
[岡山県]笠岡市立神内小学校
岡山県笠岡市は瀬戸内海に面する、人口4万人ほどの静かなまち。沖合には日本遺産「石の島」の構成文化財を有する笠岡諸島が浮かび、国天然記念物の〝生きた化石〟カブトガニの繁殖地・神島水道も抱える、歴史と自然に恵まれたエリアだ。神島水道を望む丘の上に建つ神内小学校(笠岡市神島)では、児童らが豊かな地域資源を生かした地域探究活動に取り組んでいる。
児童の海の環境への関心は高く、毎年5年生がカブトガニをはじめとする海の生き物について学んだり、環境保全に取り組んだりしている。この活動を通じ、地元の海洋系博物館や漁協などとの交流が深まった。現在の5年生は小魚のすみかとなる海草・アマモの種を地元で採取して学校で栽培。10㌢ほどに育てたアマモを2024年1月27日、神島の海に植栽した。5年男子は「アマモが魚を守ることで、身近な海がいつまでも豊かであってほしい」と話している。
大切なのは 子どもの主体性
同小学校は23年6月に 150周年を迎えた伝統校。20年に笠岡市教委の研究指定校に選ばれたのを機に、生活科と総合的な学習の時間を使って地域愛を育て、子どもたちの思いを原動力とする同活動をスタートさせた。
「主体的に学び 伝え高めあう子どもの育成」をテーマに、子どもたちが自分で考えて判断し、解決していく力を身に付けることを目標としている。同小学校の三島博子校長は「急速な情報化やグローバル化などが進展する社会を生きていくために必要な力を育てたい」と話している。
一方で小学生がゼロから問題を発見し、課題解決を図るのは簡単なことではない。同活動では身近な地元エリアを体験することからスタートし、次第に歴史や伝統文化、自分たちの保護者をはじめ地域で暮らす人々へと自然に興味を広げていけるようにカリキュラムを設定した。自分たちの住むエリアに興味を持ち、エリアの課題を「自分事」として見つめ、何かをしたいという思いを持ってもらうことを重視した取り組みだ。
地域資源を活用 地域で貢献活動
具体的な活動内容は6年間を通じた一貫性を持たせつつ、学年ごとに異なるテーマを設定。
1、2年は学区内を歩き、季節を感じるものや気になる人を探して対話の中から地域の良さを再確認▷3年は神島地区の魅力を児童が発見し、情報をまとめて発信▷4年は児童自身も地域の一員として何か貢献できることはないかと、体験や学習を通じて福祉面の課題解決のアイデアを考案▷5年は海の環境保全学習としてカブトガニの生態調査やアマモの植え付け活動▷6年は神島地区の歴史や伝統文化について調査―などとしている。
全学年を通じて重視するのは「対話」だ。活発な意見交換を促すため「思考ツール」と「ICT(情報通信技術)機器」を活用。対話を通じて子どもたちの思いや願いが形になるように導いているという。
思考ツールには「フィッシュボーン」「ピラミッドチャート」「X・Y・Wチャート」などの型があり、物事を多面的に見ることや、目標達成に向けた要素の検討など、目的に応じて使い分ける。考えを可視化することで、児童は互いの意見が分かりやすくなり、意見を交わしたり、考えを整理したりするのに役立っている。
ICT機器は国のGIGAスクール構想に基づいて一人一台配布されている端末を活用。児童はホワイトボードアプリで思考ツールの図を作成し、それぞれの図をネット上で共有することで意見交換の基礎にしている。インターネットでの情報収集や発表時のスライド用の資料作りにも役立てており、基礎的な情報通信機器の使い方なども体験的に学べている。
じわり広がる 活動の成果
この活動を通じ、児童たちの故郷・神島エリアを愛する気持ちは強まっている。地域活性化のために祭りや福祉の催し、清掃活動などに積極的に参加する児童が増えているという。
また児童の活動を見守ったり、サポートしたりする中で地域の人々の小学校への関心も高まっている。特に神島まちづくり協議会とは21年、当時の6年生が行った「神島についての意識調査」をきっかけに交流がスタート。現在では進級前、春休み期間中の3月から会議に参加し、さまざまな意見を出すまでに関係性が発展している。
同協議会の進めるまちづくり計画の中で、6年生が注目したのは「防災」。「協議会で話を聞いたり、自分の両親に尋ねたりしたが、大人の問題意識が低いと感じ、不安になった」(6年女子)という。そこで6年生たちは神島地区の避難所や避難経路となる道路を示したセーフティーマップ作りや、被災時の避難所生活で役立つ段ボールベッドの作り方の学習などに取り組み、その成果を公民館に掲示したり、家族に伝えたりしている。
23年12月には、同小学校で避難生活を考慮した「避難食」作りを学ぶ会が開かれた。6年生全員が参加し、地元の栄養委員会のメンバー5人を講師に、ポリ袋を使った簡易的な真空調理に挑戦。6年男子は「学んできたことを家族や知り合いに伝え、万一災害が発生した時は生命を守ることを第一に考えて行動したい」と意気込んでいた。
三島校長は「児童の主体性が確かに高まった。学内外の行事や催しに積極的に関わり、地域の一体感の醸成にも一役買っている。児童と地元住民が『地元が好き』という気持ちでつながったことで、活動の範囲が広がり、関係性も深まったと思う。約4年間の手応えから言うなら、これから地域資源を生かした探究活動をするのであれば、ぜひ子どもたちの思いを重視した取り組みを企画してほしい。本校でも教師の想定とは異なる方向に児童が興味を示すことが多々あり、驚かされたり感心させられたりの連続だった。子どもたちの思いを尊重したからこそ現在の活気が生まれたのだと思っている」と話している。
(企画・制作/山陽新聞社広告本部 山陽新聞2024年3月14日 掲載分より転載)
※記載の所属・役職は、受賞当時のものです。
博報賞とは
「博報賞」は、児童教育現場の活性化と支援を目的に、財団創立とともにつくられました。日々教育現場で尽力されている学校・団体・教育実践者の「波及効果が期待できる草の根的な活動と貢献」を顕彰しています。また、その成果の共有、地道な活動の継続と拡大の支援も行っています。
※活動領域:国語教育/日本語教育/特別支援教育/日本文化・ふるさと共創教育/国際文化・多文化共生教育 など