第55回「博報賞」博報賞受賞
[三重県]三重県立特別支援学校 北勢きらら学園
看護師と教員が連携するスキームづくりに尽力
四日市市の北部に位置する「三重県立特別支援学校北勢きらら学園」では、平成9年に開校して以来、医療的ケアが必要な児童・生徒を受け入れている。今回の受賞にあたり、校長の藤田盛久さんに、取り組みの経緯と今後について聞いた。「児童・生徒の中には以前、学園の前身でいなべ地区にあった西日野にじ学園桑員分校に通っていた子もいました。北勢きらら学園ができて桑員分校が閉校になったことで、いなべ地区から通う子は通学距離が遠くなり、保護者の負担が増してしまいました」と話すのは藤田校長。当時の関係者が「なんとか保護者の負担を減らすことはできないか」と思案していたところ、平成10・11年度に文部省の「特殊教育における福祉・医療との連携に関する実践研究」の指定を受けることとなり、「養護学校における医療的ケアバックアップ体制」に関して実践的研究を行った。
藤田校長は「特別支援学校は病院に併設されることが多いですが、本校はそうではないので学校に看護師を1名配置できるように配慮してもらいました。当時は看護師の職場が学校になることはほとんどなく、看護師を探すのに苦労したと聞いています」と振り返る。また児童・生徒の数が増えると看護師1人では対応が難しいため、実際に10人の生徒に対して看護師がどんなケアをしたかをデータ化することで、看護師にしかできないケアや、看護師業務の増加に比べて看護師の配置数や勤務形態が見合っていない課題を示唆。「とにかく看護師の増員が急務であり、看護師業務の重要性を明確化することに尽力しました」と藤田校長。また校外学習に看護師が同行する場合はどのような体制が必要かについても調査し、報告した。その結果、看護師にしかできない医療的ケアの必要性が認められ、現在では全国でも珍しく2名の看護師が正規採用として常駐に。校内には「医ケア室」を設置し、医療的ケアが必要な児童・生徒は登校後ここで看護師による健康チェックを受けてから授業に臨んでいる。こうした取り組みを自分たちの学校にも取り入れていこうとする県内外の養護学校の視察も受け入れた。

さらに看護師と養護教諭の役割も明確にし、教員は経管栄養や吸引、導尿、人工呼吸器の管理など、医療的ケアや子どもの健康について県が行う基本研修と、主治医による実地研修を受講し、教員が口の中および咽頭手前までの医療的ケアに対応できることとなり、看護師の負担軽減にもつながっている。また、校内の作業療法士や理学療法士ら医療関係の専門家とも協働し、そこで得た知識や技能は医療的ケアを申請していない児童・生徒の健康面や学習面にも役立てている。給食も、児童・生徒の状態に合わせてペースト状の嚥下食や舌でつぶせるほどの柔らかい食事から通常食までを5段階に分けて調理。気管切開の児童・生徒は食べる前に痰の吸引を行い、胃ろうの児童・生徒にはシリンジという専用の医療器具で食事を注入。これらもすべて、看護師のサポートのもと教員が行っている。「人工呼吸器や酸素ボンベの管理など、ここまでできるというスキームづくりは大変でしたが、研修を受けた先生がケアをできるようになったことで子どもたちの健康状態への気付きが早くなり、とても感謝しています」と藤田校長は話す。

校外学習や行事も看護師付き添いで参加
平成18年からは保護者向けに「キッズサポーターず」を定期発行。学校で取り組む医療的ケアを発信するほか、アンケートを行い課題を見つけて改善していくなど、保護者との情報共有と交流の場として、現在も継続発行されている。平成22年以降は校内で実際に起こった「ヒヤリハット」を事例に、保護者負担の軽減や医療的ケア内容の標準化、緊急対応などを分析。緊急時対応マニュアルをもとに訓練を行うなどして、実践研究を積み重ねてきている。平成23年には校外学習に看護師が付き添うことで、保護者付き添いは原則なしにすることを実現した。藤田校長は「それまで欠席していた生徒たちの参加率が高まり、学習意欲が向上しました。コロナ禍では一旦中止していましたが、今は医療的ケアの申請児童・生徒の修学旅行を含むすべての校外学習は主治医や校医のアドバイスを受けて、保護者や教員、看護師みんなが情報を共有し、実現しています。普段学校内では味わうことのない体験を通して社会性を身につけたり、自立に向けての取り組みが進んだと感じています」と確信する。取材したこの日も、体育館で三重県警察音楽隊による安全講話と演奏会を開催。教員や看護師が付き添いながら、生徒たちは音楽に合わせて手拍子をしながら体を動かし、演奏会を楽しんだ。藤田校長は「音楽は子どもの情緒発達にとてもいい。これまで参加できなかった子も医療的ケア体制の発展で一緒に楽しめるようになってよかったと思います」と笑顔で話す。

学校内における医療的ケアで子どもの教育保障を確立
北勢きらら学園のこうした取り組みはさまざまな研究会で発表されている。平成30年には気管切開部からの吸引が必要な児童・生徒が安全安心に過ごせる環境についてまとめ、中部地区肢体不自由特別支援学校研究会に発表。また医療的ケアが必要な生徒の高校卒業後を見据えた健康を保持するための取り組みについて全国肢体不自由特別支援学校研究会に発表し、情報発信と共有に尽力している。藤田校長は「中でも校外学習の看護師付き添いやプール入水の手続き、新しい医療的ケアの対応を速やかに行うために作成した「校内版ガイドライン」は他校でも参考になると思います」という。「これまでは医療的ケアが必要な場合、子どもたちが医療機関へ行かなくてはならなかったのですが、看護師が教育の場に常駐することで行事や校外学習も行うことができ、子どもたちの教育保障が確立されます。これが、私たちが取り組んできた成果だと実感しています」。
現在、三重県が取り組んでいる「医療的ケア児通学支援事業についてさらに拡充を進めていただきたい」と藤田校長は話す。「もし保護者が風邪をひいていても、児童・生徒は学校まで来ることができる。保護者が家から『いってらっしゃい』と送り出せるようになったことは、大きな負担軽減につながるとともに、児童・生徒の成長に大きな意味があります。今後も県や自治体と連携し、福祉関係事業所の利用など、児童・生徒がより安全に学校へ通える仕組みを作っていきたいと考えています」。また藤田校長は卒業後の児童・生徒についても思いを馳せる。「みんな18歳以降も医療的ケアが必要な生活が続きます。その後の生活も支援できるようなことを考えていきたいとも思っています」。
「北勢きらら学園」の四半世紀にわたる取り組みは特別支援教育を行う学校にとって参考になる事案が多い。「児童・生徒が安全安心に、楽しく快適に学校生活が送れるようにしていきたい」と、今後もより一層の取り組みが続けられていく。
(企画・制作/中日新聞メディアビジネス局 中日新聞2025年3月17日 掲載分より転載)
※記載の所属・役職は、受賞当時のものです。
博報賞とは
「博報賞」は、児童教育現場の活性化と支援を目的に、財団創立とともにつくられました。日々教育現場で尽力されている学校・団体・教育実践者の「波及効果が期待できる草の根的な活動と貢献」を顕彰しています。また、その成果の共有、地道な活動の継続と拡大の支援も行っています。
※活動領域:国語教育/日本語教育/特別支援教育/日本文化・ふるさと共創教育/国際文化・多文化共生教育 など
現在、第56回「博報賞」の応募を受付中です!(応募受付期間:2025年4月1日~6月25日 ※財団必着)
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