「博報賞」
過去受賞者の活動紹介

第55回「博報賞」博報賞受賞
[大阪府]NPO法人 おおさかこども多文化センター

絵本を使った多文化理解教育・交流と母語・母文化の継承支援のための活動
国際文化・多文化共生教育領域

 文部科学省が2年ごとに実施し、2024年8月に公表した「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(2023年度)」によると、海外から来日し、言葉の壁に苦しみながら通学する子どもたちの数は全国で6万9123人。10年前から倍増している。コミュニケーションの壁に悩む子どもや保護者も多い。
 そこで母語・母文化を尊重して楽しい場をつくり、「外国につながる子どもたち」の自尊感情を高めていこうと、多言語の絵本を使った「多文化にふれる えほんのひろば」の活動を続ける大阪市西区のNPO法人「おおさかこども多文化センター」(OkoTac=オコタック)が、第55回「博報賞」を受賞した。日本の子どもや保護者にも多文化への理解を促す交流の機会となっていること、他の団体への活動の広がりが期待できることなども高く評価された。

母語を聞き、声に出すことで子どもたちが明るくなる

 オコタックは、外国とつながる子どもたち、取り巻く家族への包括的な教育支援を行っている。副理事長の村上自子さんは2006年から、大阪の府立高校で日本語の授業を受ける生徒たち、教師との面談に出席する保護者たちへの通訳派遣を行ってきた。この事業を基にして、2011年にNPO法人を立ち上げ、支援対象者を小中学生・家族に広げた。ボランティアによる学習支援教室の運営、教員・支援者向け研修会の開催、教育相談とともに、絵本の活動を始めた。

母語のポルトガル語で絵本を朗読するブラジルの子どもたち(NPO法人おおさかこども多文化センター提供)
母語のポルトガル語で絵本を朗読するブラジルの子どもたち(NPO法人おおさかこども多文化センター提供)

 村上さんは、「日本の子どもたちが絵本の読み聞かせを楽しむように、外国にルーツをもつ子どもたちも、母語で絵本を読んでもらったり、朗読したりするのは楽しいはず。自分が海外で生活した経験から、外国から来た人が地域の人と出会うことは、生活に必要な情報を得るために大事だと痛感した。日本人の親子との出会いがあったらいいな、という気持ちもあったと思う」とスタートの動機を振り返る。
 「えほんのひろば」の会場は、図書館、商業施設、カフェ、学校などさまざま。2024年は5回開催した。1冊の絵本を日本語と子どもたちの母語で交互に読んでいく。20~30分で3冊程度を読み聞かせる中で、例えば動物や果物の名前を当てる「クイズ」を取り入れた絵本を使い、答えを読み手の母語でも教えてもらう。それを一緒に発音してみるなど、参加者が声を出せるような工夫もしている。作品への親近感や楽しさ、参加する喜びが高まるからだ。大阪市中央図書館(西区)で2日間続けて実施したときは、「連日参加してくれた人もいた」(村上さん)という。
 事務局スタッフとして絵本の活動を担当する梨木亜紀さんは、「それぞれの言語の音と、絵本そのものを楽しんでほしい」と強調する。例えば、『うしは どこでも 「モ~!」』(作・エレン・スラスキー・ワインスティーン、絵・ケネス・アンダーソン、訳・桂かい枝、鈴木出版)。「えほんのひろば」では進行役がいろいろな外国語の読み手に、「あなたの国ではどう鳴くの」と順番にマイクを回して尋ねる。「言語によって鳴き声が違うことを知ってもらえる。みなさん楽しそうで、表情もとてもいい」(梨木さん)
 外国語の絵本の読み手は、外国から来日した保護者など地域の人たち。先生から紹介を受け、高校生に読んでもらったこともあるという。日本語の読み手にもこだわりがある。梨木さんは「地域で絵本の読み聞かせをしている方々や、図書館で開催させていただく場合は司書さんにも読んでもらいたいと思っている」と話す。
「こんな形の読み聞かせもできるんや」と知ってもらい、オコタックが関与しなくても地域で取り組みを広げていくことや、図書館に所有する日本の絵本の対訳版をもっと有効に活用してもらうことを期待しているという。

『ええぞ、カルロス』で知る たった一言が友情を育む

 絵本に秘められた「大きな力」に救われた人がいる。15歳で来日し、大阪で暮らしている鄭婷婷(テイ・ティンティン)さんだ。鄭さんは中国・上海で生まれた後、両親と来日して6歳まで大阪で保育園に通った。上海に戻り、15歳で再来日した。日本の高校、大学を卒業し、現在は大阪市教育委員会で外国、特に中国にルーツをもつ子どもたちのサポートや通訳、多文化共生に関わる仕事に携わっている。
 「中国で日本語を使う機会はほとんどなく、幼いころに不自由なく使えたのに、すっかり忘れていた。中国では当たり前にできたことが、ことばなどいろいろな壁にぶつかって、不得意になった。本当に悔しかった」と振り返る。それでも、学校のほかに週一回、「日本語指導が必要な子どもの教育センター校」に通って頑張った。
 「これからどうなるのか」。将来が不安だったという鄭さん。日本の保育園でもらい、家にあった絵本を手にとった。日本語は忘れていても、ストーリーはしっかりと覚えていたという。絵本が日本、日本語とのつながりを蘇らせた。
 その鄭さんが2024年12月、大阪市立磯路小学校(港区)で5、6年生を対象にした道徳の特別授業に、オコタックのボランティアとして参加した。多目的室に集まった児童を前に、いきなり中国語で自己紹介した。児童たちはほとんどわからない。わずかに耳に残った「シャンハイ」から「上海で生まれたのかな」といった感じだ。
 進行役の糸井利則校長が「中国から来たお友だちも同じように、聞き取れるわずかな言葉を探しながら、授業を聞いているんだよ」とコメント。328人の児童が通う同校には、ルーツを中国にもつ15人、パキスタンにもつ3人が在籍している(2025年3月7日現在)。当日の特別授業にも中国の5人が参加していた。
 「中国の小学校を体験してもらいます」。鄭さんはスライドを使い、中国の小学生の生活の一例を紹介した。午前7時40分始業、日本にない漢字、書き順の違い、午後の昼寝タイム…。児童たちは日本との違いに驚き、目を輝かせていた。中国から来日した子どもたちも「クラスのみんなと中国に行っているみたい」とうれしそうだ。

中国語で自己紹介する鄭婷婷さん(右)。左は糸井利則校長とオコタックの村上自子理事=大阪市港区の市立磯路小
中国語で自己紹介する鄭婷婷さん(右)。左は糸井利則校長とオコタックの村上自子理事=大阪市港区の市立磯路小

 特別授業では、人権をテーマにした市教委の絵本原作コンテストで優秀賞となった『ええぞ、カルロス』(作・長澤靖浩、絵・はせがわ さちこ)が、中国語と日本語で読まれた。中国をルーツにもつ6年生も中国語で朗読した。ブラジルから大阪に転校してきたカルロスを見て、アキラはかつて、アメリカの学校で馴染めずいた自分を思い出す。クラスの一人に誘われたサッカーで、パスをもらい、シュートを決めて『グッジョブ』と声をかけられたのがうれしかった。アキラはカルロスを休み時間、校庭のサッカーに誘う…といったストーリーだ。
 糸井校長は「日本には外国から来て暮らしている人がたくさんいる。みんなも将来、海外で働き、言葉の通じない外国人のなかで生きていくかもしれない。きょうのことを思い出してほしい」、鄭さんも「みなさんもアキラ君のようになってほしい」と呼びかけた。
 授業後、鄭さんが中国をルーツにもつ子どもと談笑している様子に、糸井校長は「日本社会で活躍する鄭さんに未来の自分を重ね、励みにしてくれれば」と熱く語った。
 文科省調査では、大阪府内で日本語指導が必要な児童生徒は5040人。愛知、神奈川、東京に次ぎ4番目に多い。府教委によると、子どもたちの母語は43言語(大阪市、堺市を除く)にも及んでいる。
 子どもたちの本離れ、図書館離れ、日本の保護者の無関心など悩ましい背景も多い。だが、オコタックの村上さんは「読んであげれば、子どもたちは喜んでくれる」と絵本の可能性を信じる。梨木さんも「『外国からの子が増えて面倒』といった保護者の声を聞いたことがあるが、出会いは偏見をなくす。絵本が小さな種まきになれば」と力を込める。

(企画・制作/産経新聞社メディアビジネス局 産経新聞2025年3月14日 掲載分より転載)
※記載の所属・役職は、受賞当時のものです。

博報賞とは

「博報賞」は、児童教育現場の活性化と支援を目的に、財団創立とともにつくられました。日々教育現場で尽力されている学校・団体・教育実践者の「波及効果が期待できる草の根的な活動と貢献」を顕彰しています。また、その成果の共有、地道な活動の継続と拡大の支援も行っています。
※活動領域:国語教育/日本語教育/特別支援教育/日本文化・ふるさと共創教育/国際文化・多文化共生教育 など

現在、第56回「博報賞」の応募を受付中です!(応募受付期間:2025年4月1日~6月25日 ※財団必着)
詳細は博報賞のページをご覧ください。
*博報賞に関するお問い合わせ先
hakuhoushou@hakuhodo.co.jp (博報賞担当宛)

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