第55回「博報賞」博報賞受賞
[愛知県]認定NPO法人 プラス・エデュケート
外国人の子どもたちへの学習支援を目的に設立
日本で働く外国人労働者の増加により、昨今は外国人または外国にルーツを持つ子どもが増えている。出入国在留管理庁によると2023年末の外国人中長期在留者数は前年対比で10・4%増加。特に製造業が盛んな愛知では全国的にみても外国人人口が著しく増え、昨年6月末時点で県内総人口に占める割合は4・3%となっている。しかし、こうした中でも外国人の子どもたちは母語や日本語の学力をつける機会が少なく、進学や就職に対して不利な状況に置かれているのが現状だ。
豊明市を拠点に日本語教育活動を行う「プラス・エデュケート」は日本語がほとんどわからない6〜15歳の子どもに対して初期の日本語指導を行っている。理事長の森顕子さんは「大学で日本語教育を学びましたが、諸事情により別の教育関係の仕事に就きました。でも、退職後地元に帰った際『外国人の子どもたちが学校へ行っても日本語がわからず困っていて、ストレスを抱えている』と聞き、私に何かできるならと学習支援の任意団体を2009年に立ち上げました」と話す。最初は1人で豊明団地内に教室を構え、広場で遊んでいる子どもたち3人の宿題を見ることからスタートした。「豊明団地には、市内の外国人の8割が住んでいるといわれているので、子どもたちが自分で通えるこの場所に教室を開きたいと思いました」。折しも2009年はリーマンショックで外国人労働者の中にも仕事を失う人が増え、不就学の子どもも増加。その境遇と、団体の立ち上げがぴったりと重なった。

いざ始めてみると、子どもたちは勉強どころか日本語すらわからず教科書も読めないことが判明。学習支援の前に日本語教育の必要性を感じたと話す。「口コミで徐々に子どもたちが増えましたが、それぞれ学年や来日した時期が違うので教える内容も変わります。これは1人では無理だと感じ、ボランティアを募りました」。
また運営に必要な経費は、当時文部科学省が行った虹の架け橋事業を受託した愛知教育大学の実施教室として申請。その資金で運営し、事業終了後2012年に法人化して、豊明市から初期指導の委託を受けるようになった。「外国人との共生に理解が深い豊明市のおかげで、私たちも充実した活動ができています」。
学びと実践を繰り返し日本語を身につける
プラス・エデュケートの活動は、すべて子どもに特化している。これは全国でも有数だ。「親は自分の意思で来日していますが、子どもはそうではありません。親は職場に通訳がいるところが多く日本語がわからなくても仕事はできますが、子どもは日本語が全くわからない状況で学校に行っても支援がなく、孤立してしまうことも多いんです。子どもの自助努力だけで学校の勉強についていくのは無理だと考え、日本語で授業がわかる状態になるまでサポートするべきだと思いました」。

豊明市よりプラス・エデュケートが受託をしている日本語初期指導教室は豊明団地にほど近い、豊明市立二村台小学校の教室を拠点に行っている。ブラジル、ベトナム、中国、フィリピン、イランといった多様な国出身の子どもたちが、3か月の集中指導で、聞く、話す、読む、書くの4つの技能をバランスよく伸ばしていく。その過程で、習得度別にクラスが分かれることもある。高習熟度の授業を受けていたイラン出身の小学1年生の女子生徒は「日本語はちょっと難しいけど学校は楽しい」と来日わずか半年ながら、流暢な日本語で笑顔で話してくれた。「子どもが学校に行く目的のひとつは友達と話すこと。特に6、7歳の子どもは母国語も覚える時期であり、その上で日本語を学ぶのはとても負担がかかります。どうやったら子どもたちが楽しく学び、話すことができるようになるか、トライ&エラーの繰り返しでした」と森さんは振り返る。
独自の教材作成や日本語教員育成も
授業は、オリジナルの教材テキストを使用して行う。「はじめは大人用の教材を使っていましたが、大人と子ども、また年齢によっても日本語を使うTPOが違います。教え方のモデルケースや子どもに適した教材も少なくて苦労をしたので、自分たちで教材と指導法を考えようと思いました」。
テキストは学校生活での場面を描いた絵を見て、直感的に理解させる内容から始める。例えば、お腹が痛い様子やかゆい様子を描いたイラストを見て「痛い・かゆい」ということばを覚えるなど、よく使うことばから覚えられるように工夫。会話練習やインタビュー、ロールプレイング(以下、ロープレ)で日本語を多く話す練習も取り入れている。文法を2時間、文字・語彙を1時間、ロープレなどのタスク活動を1時間実施。こうした午前中の指導を受けた後、午後からは自分のクラスに戻って学んだ日本語を実践。先生や友達との会話でわかる部分は主体的に加わり、日常的なやり取りを身につけていく。「カリキュラムに従って、スモールステップで積み上げつつ、習ったことを何度も復習できるよう工夫して指導しています。語彙や文字指導でも、意味がわからないままに文字を書く練習はせず、音韻意識をつけてから書かせています」と話す森さん。これらの「学びと実践」を繰り返すことで子どもたちは飛躍的に日本語力が伸びる。約20日間でひらがなを習得。3か月後には読解ができるようになり、普段の授業にも部分的に参加できるようになる。初期指導の成果があってか、高校進学率もアップした。「子どもが日本語を話せるようになり、保護者だけでなく先生方からも感謝されるようになりました」と森さんは笑顔だ。

日本語を母語ではなく、日本語で教えるのもプラス・エデュケートの特徴。「母語で教えるほうがいいと思う方もいますが、日本語教育が必要な子どもが約7万人といわれる現状を考えたら、多国籍の子どもが集団で学べる授業が重要です」。またこうした子どもの指導を担う日本語教員の人材不足にも危機を感じ、2023年に教材を公開。2024年には「FOR+プロジェクト」を立ち上げ、セミナーやオンラインサロンを通して指導者育成も行っている。「日本のどこに住んでも質の高い日本語教育が受けられるのが理想。将来的には子どもの日本語教員を民間資格にして多くの担い手を輩出できればと思っています」。外国人との共生は少子高齢化が進む日本の将来にとってもはや不可欠だ。「まずは困っている子どもたちを助けたい」と森さんの取組は今後も続く。
(企画・制作/中日新聞メディアビジネス局 中日新聞2025年3月14日 掲載分より転載)
※記載の所属・役職は、受賞当時のものです。
博報賞とは
「博報賞」は、児童教育現場の活性化と支援を目的に、財団創立とともにつくられました。日々教育現場で尽力されている学校・団体・教育実践者の「波及効果が期待できる草の根的な活動と貢献」を顕彰しています。また、その成果の共有、地道な活動の継続と拡大の支援も行っています。
※活動領域:国語教育/日本語教育/特別支援教育/日本文化・ふるさと共創教育/国際文化・多文化共生教育 など
現在、第56回「博報賞」の応募を受付中です!(応募受付期間:2025年4月1日~6月25日 ※財団必着)
詳細は博報賞のページをご覧ください。
*博報賞に関するお問い合わせ先
hakuhoushou@hakuhodo.co.jp (博報賞担当宛)