第55回「博報賞」博報賞受賞
[神奈川県]石川 正明 (横浜市立吉原小学校 教諭)
横浜市立吉原小学校教諭、石川正明氏が取り組んでいるのは、川柳を通じて子どもたちの国語力や表現力を育むユニークな教育活動だ。
石川氏が2017年から授業に取り入れた川柳は、子どもたちのことばへの興味を引き出し、自己表現の場として大きな役割を果たしている。川柳の世界を教育のツールとして選んだ理由や背景には、ことばを通じて子どもたちが自己を表現する力を養うという強い信念があった。
「川柳という形式を通して、17音という限られた枠で自分の思いをどれだけ豊かに表現できるかという挑戦を、子どもたちは楽しみながらも真剣に向き合っています」と、熱く語る。

川柳が生み出す学びと交流
オンライン
顔は見えるが さみしいな
お母さん
わらうとこわい なぜなのだ
子どもたちのこんなユニークな句が、石川氏が担任を務める2年3組の教室を飛び交う。
石川氏が取り入れた川柳は、単なることば遊びではない。それは、子どもたちが自分の思いを形にし、他者と共有するための大切な手段となっている。
川柳の授業を通じて、子どもたちが得るものは大きい。
ことばを選び、表現する力を身に付けるだけでなく、お互いの作品を通して共感し合うことの大切さを学ぶ。
句を作る過程で、「自分が思っていることをどう伝えるか」を真剣に考え、表現方法に工夫を凝らすのだ。
17音の枠内で自分の思いを表現することへの挑戦。「5・7・5」という制約が、最初は難しく感じられた子どもたちも、次第にその枠を生かすことでことばを厳選して用いる力を高めていく。
「17音での表現は、少ないことばで自分の気持ちを伝える力を養うために最適だと思っています。ことばをえりすぐって表現する過程が、子どもたちの想像力や表現力を育てていると感じています」と石川氏は言う。

川柳教育の特徴は、単に表現力の向上だけではなく、子どもたちが互いに影響を与え合う場を提供していることだ。
例えば、「句会」形式の授業の最後に行われる作品発表の時間、子どもたちは自分の作品をクラスメートに披露し、感想を言い合う。ここで生まれる共感が、川柳を学ぶ大きな動機づけとなっているのだ。
「17音で川柳を作るのは難しいけど面白い」「みんながどんな句を作ったのかを見るのが楽しい」「みんなの気持ちが分かる感じがいい」という感想にあるように、川柳を通じて共感し合い、そこに生まれる一体感に、子どもたちは川柳への魅力を感じるようになる。そこには、石川氏が目指す「自己を表現し、他者を認める集団」が形づくられていく。
生きていくために欠かせないコミュニケーション力。それを育むことへの強い思いも、授業に川柳を取り入れることを決めた大きな理由の一つだ。
「川柳は、子どもたちがことばを大切にし、表現する力を身に付けるための一つの手段です。日常的に使うことばで感じたことや考えたことを的確に表現し、伝える力を育むことが、子どもたちの未来を豊かにすると思います」と言う。
また、川柳を通して見えてくるのは子どもたちの思考の幅広さだ。短いことばの中に自分の思いを込めることは、思考を整理し、何が一番大切なのかを見極める力を養うことにつながる。
「川柳を通じて、子どもたちがことばの奥深さを感じ、思考力や表現力を育んでくれることに、大きな意味を感じています」と、石川氏はその意義を強調する。
大きく変わる子どもたち
川柳活動の成果は、国語力の向上にとどまらない。
ある年石川氏が着任した学校で担当した学年は、学習面・生活面に課題があり授業中に席に座っていられない子が多い、という状況だった。
しかし、川柳を取り入れたことで、ことばへの意識が変わるとともに、学習態度も改善された。年を重ねるごとに、どの教科も大幅な学力の向上が見られた。作文の表現力が伸び、授業への集中力も高まった。
子どもたちは「伝えること」に自信を持ち、表現を楽しむようになったという。
「川柳は、ただ上手にことばを並べるだけではなく、その裏にある感情や思いをどう伝えるかが大切なんです」と石川氏は語る。子どもたちは17音の枠の中で試行錯誤しながら、自分の気持ちをどう表現するかを考える。その過程で、相手に伝わりやすいことば選びの大切さに気づくのだ。
この活動のもう一つの大きな成果は、「共感力」の向上にある。クラス内で互いの作品を共有することで、子どもたちは他者の視点に触れ、相手の思いをくみ取る力を養っている。
川柳が、大切な対話の場ともなっているのだ。
また、川柳活動は子どもたちの「自己肯定感」を高める役割も果たしているという。作品が評価されることで自信を持ち、自分の言葉に価値があると感じることができるのだ。
石川氏は、「子どもたちが自分のことばで表現することに自信を持ち、そのことばが相手に届くことを実感できる場を作ることが、私の役割だと思っています」と語る。川柳は、子どもたちの「生きる力」の学びへとつながっているのだ。

ことばの持つ力を信じて
川柳教育は、単なる国語学習の枠を超え、子どもたちの思考力や表現力、ことばに対する感性を育み、思考力・表現力・共感力を磨く場となっている。だが、石川氏の挑戦はまだ終わらない。
「ことばは、人と人をつなぐ力を持っています。だからこそ、子どもたちが自分の思いを大切にし、伝えることに自信を持てるような場をもっと作りたいんです」と語る。今後は、川柳をより広く教育に活用していきたいと言う。
「紙と鉛筆があれば誰でもすぐに始められるのが川柳の魅力です。担任のクラスだけでなく、他の学級でも始まっており、保護者や兄弟を通して川柳をやってほしい、という声も聞こえてくるようになりました」。
川柳大会での入賞や、地域での発表の機会も増え、川柳が、学校の枠を超えた「社会との対話」の手段となる未来も見えてきた。
「ことばには、未来を作る力がある」。石川氏の信念のもと、今日もまた、新たな子どもたちが17音の世界で自分を表現する喜びを知っていく。
(企画・制作/神奈川新聞社クロスメディア営業局 神奈川新聞2025年3月17日 掲載分より転載)
※記載の所属・役職は、受賞当時のものです。
博報賞とは
「博報賞」は、児童教育現場の活性化と支援を目的に、財団創立とともにつくられました。日々教育現場で尽力されている学校・団体・教育実践者の「波及効果が期待できる草の根的な活動と貢献」を顕彰しています。また、その成果の共有、地道な活動の継続と拡大の支援も行っています。
※活動領域:国語教育/日本語教育/特別支援教育/日本文化・ふるさと共創教育/国際文化・多文化共生教育 など
現在、第56回「博報賞」の応募を受付中です!(応募受付期間:2025年4月1日~6月25日 ※財団必着)
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