衣笠キャンパスの研究機関を束ねる「衣笠総合研究機構」
「衣笠総合研究機構」とは、立命館大学・衣笠キャンパスにある研究所・研究センターを統括する組織です。2018年4月から衣笠総合研究機構の機構長を務める細井浩一教授は、このように説明します。「衣笠キャンパスは、本学のなかでもっとも古いキャンパスです。ここには人文学、法学から社会科学、国際関係、映像メディアといった多様な分野に関わる学部があります。本学が総合大学として発展していく中で、学部だけではなく研究所や研究センターなどの研究拠点もだんだん数が増えてきました。そうすると個々の研究所がそれぞれに活動するだけではなく、共通する研究基盤をどう作るか、あるいは若手の研究者をどう育成するかといった幅広い視点でのマネジメントが必要になり、キャンパスごとに研究機構をまとめようという形でできあがったのがこの組織です。衣笠の場合は1998年に総合研究機構ができました」。
現在、衣笠総合研究機構には、人文科学研究所、国際地域研究所、国際言語文化研究所、人間科学研究所、アート・リサーチセンター、歴史都市防災研究所、白川静記念東洋文字文化研究所、生存学研究所という8つの研究所があります。さらに、有期限の研究拠点としてコリア研究センター、間文化現象学研究センター、ゲーム研究センター、環太平洋文明研究センター、加藤周一現代思想研究センター、金融ジェントロジー/金融・法教育研究センター、地域健康社会学研究センター、クリエイティブ・メディア研究センターがあり、それぞれにユニークな研究活動を展開しています。
なかでも先進的な研究により、国内外の研究者から注目を集めているのがアート・リサーチセンターです。同センターでは浮世絵などのコレクションを所蔵するだけでなく、理系の研究者も加わり、文理融合でデジタル化を先進的に進めています。「デジタル化されたデータは非常に多様に扱うことができ、国内でも海外でもさまざまな研究に幅広く応用ができます」と細井機構長。「もともと日本の古典的な資料に関わる研究は、くずし字を読むとか、書画にある落款を識別するなど難解でハードルが高いものでした。それらをデジタル化していくことで、深層学習で解析して認識することが可能になりつつありますが、その研究では本学も先端を走っています。画像解析や連想検索などのIT技術を使えば多様な研究のニーズに答えることができるとともに、研究のハードル自体もぐんと下がります。さらに、デジタル化されたデータや画像を自在に用いることで、表現や技法の比較や分析をする際にも言語的な壁にとらわれずに研究ができます。このような点で国内外の多くの研究者に受け入れられつつあるのが『デジタル・ヒューマニティーズ』という従来型の人文学をデジタルで革新するという方法論で、本学はその方法論と実践において日本で最高レベルの実績を上げていると評価されています」。
キャンパス周辺の地域性も含め、日本文化を感じられる豊かな研究環境
伝統的な日本文化から先進的研究まで幅広く扱う衣笠総合研究機構には、国内外からの研究者も数多く訪れており、その数は年間で約500名に上ります。2015年からは本フェローシップの受け入れ機関として、これまでに日本語研究や文字コミュニケーション、日本映画、諸外国での日本語教育といった分野の各国の研究者を受け入れてこられました。
招聘研究者は「客員協力研究員」として研究所などに所属し、担当の教員とともに研究を行うほか、担当教授のゼミに参加したり、地域の他大学の研究者と交流をしたりしながら、1年間または6か月間の研究生活を送ります。海外から訪問する研究者の研究環境を支えているのが、立命館大学研究部衣笠リサーチオフィスの職員です。「研究活動に必要な環境としては、図書館の利用や学内のネットワーク接続のほか、共同研究室も利用していただけます」と、衣笠リサーチオフィスの渡邉裕子さん。衣笠キャンパスには2016年4月に完成したばかりの平井嘉一郎記念図書館があり、人文科学系・社会科学系資料を中心に100万冊の蔵書を所有。西園寺公望や中川小十郎にまつわる貴重書や、漢字・漢文学研究の白川静文庫など、同大学ならではのコレクションも収蔵しています。またゲートを通るだけで自動で貸出ができる最新技術を搭載したカシダスゲート、映像編集が可能なメディア編集室、研究成果の発信に使えるカンファレンスルームなど、充実した設備を誇っています。
また衣笠キャンパス中央の東側広場には爽やかなグリーンの芝生が広がり、学生や研究者の憩の空間となっています。一方、西側広場には桜並木や藤棚があり、日本の美しい四季の移ろいを感じながら研究にいそしむことができます。さらに衣笠キャンパスは金閣寺をはじめ、日本を代表する名刹や文化遺産に囲まれた場所にあり、京都の歴史・文化に肌で触れられるという地域の魅力も大きいものがあります。「招聘研究者の方々は、住まいはご自分で探される方が多いですね。本学でもゲストハウスや家族でご入居が可能な部屋はありますが、研究仲間などのネットワークをお持ちの方も多く、古い町家などを借りて住まわれているケースも多いようです。いつの間にか自転車を手に入れて京都の各地を回っていたりと、皆さん京都での生活を楽しんでおられます」(渡邉さん)。
細井機構長も「衣笠キャンパスは、金閣寺と龍安寺、仁和寺をめぐるルートのちょうど中間ぐらいに位置しています。私は本学の卒業生ですが、昔は衣笠山の麓に広がる自然豊かなキャンパスという感じでした。今では金閣寺から本学を通って龍安寺に行き、仁和寺まで歩く外国人観光客の方が年間100万人に上るというエリアになっています。日本の文化や社会に関心をもたれている研究者であれば、どなたでも非常に満足できる研究の環境だと思います」と話します。
本学の特徴ある研究を知り、ともに研究を深め、世界に発信を
日本文化やゲーム研究におけるデジタルアーカイブの第一人者であり、海外の研究者とも親交が深い細井機構長は、近年の海外における日本研究の変化をこう指摘します。「海外の大学や研究機関では70~80年代から日本学科や日本の研究をする部門は増えているのですが、最近は浮世絵や歌舞伎、着物といった分野の研究にはなかなか学生が集まらず、代わりに漫画、アニメ、ゲームなどに関心をもつ学生がものすごく増えているということです。それを断絶と思う人もいるようですが、私は日本に興味を持つきっかけと切り口の違いだと思うのです」。
かつては、諸外国の学生・研究者が日本に触れる最初の機会が能や歌舞伎、浮世絵であったため、そうした歴史的な文化を研究をする日本学科のような部門が増えていきましたが、若者がゲームやアニメを通じて日本に興味をもつようになったのであれば、その興味が日本研究のきっかけになればいいと細井機構長。「研究の最初の入口は、京都で創業した任天堂のゲームであれ漫画であれ色々な形で構わないと思います。あるいは絵文字(emoji)に対する関心のように、漢字やひらがなを一種のキャラクターとして捉えるような着眼点も面白い。そのような所から関心をもって入ってきてもらい、さらにそこから本当に深い日本の研究、例えば文化や芸術、言語や地域、歴史や思想などの研究に関心をもってもらえればいいのではないでしょうか。我々がそうした“動線”を作っていければとも考えています」。
一例としては先に述べたデジタル化も、国内外の研究者の関心や活動を広げるのに大きな役割を果たしています。デジタル化することでデータが扱いやすくなり、従来であれば日本に来なければできなかった研究も、スカイプを通じて世界各国にいる研究者と議論することができます。一方で、デジタル化によってむしろ非常にアナログな人と人との交流が活発化する面もあるといいます。「海外の人が日本に来て、自国の文化財などをデジタル化する作業を学ぶと同時に、逆に日本の研究者が国外へ行き向こうの文化資源のデジタル化を手伝うといったケースも最近は増えています。そこでアナログな人間どうしの交流が活性化していくのです。本学でも、特に若い研究者を中心に大英博物館やセインズベリー日本藝術研究所、スタンフォード大学、インドネシア科学院など世界有数の研究拠点と人的な交流、連携が生まれています」。
そして今は国籍も地域も関係なく、あるテーマや分野に関心を持った人たちが渾然一体となって研究をして深めていく時代であると、細井機構長は語ります。「ですから海外から多くの研究者に来ていただくことだけが目的なのではなく、やはり『どういう研究ができているか』が重要です。海外の研究者の方々にお伝えしたいのは、ぜひ本学の特徴ある研究を知っていただき、色々な方に来ていただいて共に研究をし、その成果を世界に発信していきましょうということです。我々も本学の研究を多くの方に知っていただくために、積極的に情報を発信していくつもりです」。