専任講師の協働力で海外の日本語教育を支援
国際交流基金は、国際文化交流事業を総合的に実施する、日本で唯一の専門機関です。世界の人々と日本の人々のお互いの理解を深めるために、「文化芸術交流」「海外における日本語教育」「日本研究・知的交流」の3つのフィールドで事業を展開しています。
日本語国際センターは、国際交流基金の日本語教育事業の中核的機関として、1989(平成元)年、海外における日本語教育の支援・促進のために設立されました。以来、世界各国から毎年約400名以上の海外日本語教師を招聘し、日本語・日本語教授法・日本文化の研修を行っています。
「当センターは今年で設立30年を迎え、ここで研修を修了した外国人教師は世界50か国以上、一万人以上に上ります」とお話ししてくださったのは、教師研修チームの竹田順二さんです。「研修参加者は、教授経験の浅い若手教師から日本語運用力の高いベテラン教師まで、研修の種類によってさまざまです。さらに政策研究大学院大学と連携して行っている大学院プログラム(修士)、本フェローシップの招聘研究者もいて、海外の日本語教育を牽引するリーダーとなるべき人材の養成も行っています。こうした多様化する研修参加者の日本語運用力、教授環境、ニーズに対応するため、約30名の専任講師がそれぞれ担当する研修でチームを作って指導を行っています」。
日本語国際センターの専任講師は、いわば日本語教育のプロフェッショナル集団。主任として講師を束ねる簗島(やなしま)史恵専任講師主任(以下「主任」)によれば、この30名の専任講師の力を合わせた〝協働力〟こそ、同センターの大きな特長だそう。
「センターのオフィスには個室がなく、専任講師が同じフロアで机を並べていますから、何か問題があればすぐに周りに相談して、他の講師の知恵を借りられる環境があります。例えば、誰かが指導から戻ってきて「どうしても発音が直らない研修参加者がいる」といえば、「こんなトレーニング法がある」、「参考になりそうな文献がある」といった具合に、みんなからアドバイスが起こります。フェローシップの招聘研究者や大学院プログラムの学生には、専門としている研究分野やテーマに応じて担当の指導講師を決めていますが、何かあれば専任講師30名の知恵を結集して、指導に当たっています」(簗島主任)。
また、研修事業と並んで、日本語国際センターのもうひとつの柱となっている事業が日本語教材・教授法等の開発・普及事業です。これまで数多くの教材を独自に開発してきた実績があり、教材開発や学習者研究をテーマにする研究者にとっては、豊富な経験を基にした的確なサポートが期待できます。
快適な研究環境を実現する充実した設備
施設の設備面で特筆すべきは、いろいろな国・地域の日本語教材が揃う専門図書館です。蔵書の4万3000点のうち、1万5000点が日本語教育関係資料で、約70か国・地域で制作された日本語教材をはじめ、日本語教育、日本語、言語学、外国語教育などの資料を所蔵・提供しています。専任の司書が研修者の研究テーマに応じた文献を紹介してくれる他、ここを通じて全国の大学図書館を利用することもできます。
「図書館は一般にも公開されていて、海外からこの図書館を目指してやってくる研究者がいたり、研修を修了した日本語教師が再び利用しに来たりとさまざまに活用されています。とはいえ、とくに研修者が授業を受けている午前中は、フェローシップの招聘研究者や修士の学生の貸し切り状態(笑)。資料をたくさん並べて調べ物をしている研究者の姿をよく見かけます」と簗島主任。招聘研究者には、修士の学生と共同で使う研究室も用意されていて、お互いに刺激を受けながら研究を進めています。
また、同センターで実施される研修は、短期のもので2週間、長期の研修は6カ月、さらに本フェローシップの招聘研究者や大学院プログラムの学生の滞在は1年に及ぶことも。慣れない日本での生活が快適になるよう、設備には細やかな配慮がなされています。宿泊棟には144室のシングルルームがあり、各部屋に机、本棚、クローゼット、TV、冷蔵庫、ユニットバス、電話、Wi-Fi、空調を完備。洗濯乾燥室のほか、娯楽室やテニスコート、書道や茶道のデモンストレーションなどで利用される和室も備えています。
「とくに食堂では健康面に配慮して、できるだけバラエティに富み、美味しいものを提供するようにしています。宗教や嗜好によって食事に制限がある方もいるので、ハラルフードやベジタリアンメニューにも対応しています」と竹田さん。食堂では、平日の朝・昼・夕3食が提供され、週末には自炊室で簡単な調理をすることもできます。
長期間の滞在を通じて、同じ日本語教師、日本語教育の研究者同士のネットワークも生まれています。
「設立30年を迎え、ここの研修を修了した先生が国に戻り、その先生に日本語を教わった生徒がまたこのセンターで研修を受ける、ということも増えてきました。自分の恩師、教え子が日本語教師として、また研究者として高みを目指している姿は、お互いに大きな刺激になっているようです。また、同じ日本語を教える者として、国を越えて、年齢を越えて、お互い素直にアドバイスを与えたり、受けたりということもあるようです」(簗島主任)。
お話を伺った簗島 史恵主任(右から5番目)を囲んで、専任講師の皆さんと。専任講師は文法研究、音声研究など、それぞれ専門研究分野があり、その専門性を活かしつつ、よりよい研修、よりよい教材、よりよい助言を行うために日頃から議論し合ってチーム力で業務を進めている。
自分たちの力で日本語教育の現場を活性化させてほしい
最後に、簗島主任に本フェローシップの招聘研究者に期待することを聞いてみました。 「私たちがセンターで研修を行っている中で、最も大切にしていることは『自律を支援する』ということです。日本語国際センターは、海外の日本語教育を支援するための施設ですが、ずっと支援し続けることを念頭に置いているのではなく、最終的には現地の人々が自分たちの力で日本語教育を活性化させていくことを願っています。フェローシップで招聘された研究者に関しても、自国の日本語教育のリーダーとして、自力で現場の問題点を見つけ、研究を組み立て、成し遂げ、さらにそれを後輩たちに伝えていくことを期待しています」。
そのためにも、まずは自分の国の教育現場で学生ひとりひとりをよく見て、何が問題となっているのか、自分がやらなければならないことは何か、自分の研究が将来的にどのように役立つのかを深く理解してほしいと簗島主任は言います。
「この研修に参加する教師や、指導を受ける研究者たちは、その国の教育現場を一番よく知っているプロです。私たち講師とは、指導する側とされる側ではありますが、日本語教師としては同等であり、現場に関してはむしろ本人たちのほうがよく理解していると思っています。私たちがいくら理想を語っても、その国では実現できないこともあると思いますし、アドバイスが間違っていることもあるかもしれません。それを判断して、自分たちの現場ではどうしたらいいのか、どうアレンジしていくのか、考えていくのは研究者本人です。私たち専任講師も、研究へのサポートは惜しみません。ぜひ自信を持って、私たちにぶつかってきてほしいと思っています」。