研究紹介ファイル
No.16 岸野 麻衣氏
みんなで学びあい探究していく授業づくり、学校づくり、
教育的風土づくりを目指していきたい
「わかった!」「おれも思ってた」「1,2,3 サンシャイン」「どこから9 が出てきたの?」― 授業中、子どもたちが思い思いに口にする率直な言葉や思いつきの発話。それらを「つぶやき」と岸野さんはくくり、教師がつぶやきを拾い上げて授業に活用していけば、子どもはそれを手がかりに言葉を思考に使えるようになっていくと考えた。そして、子どもがそういう力を授業の中で身につけていく過程を検討することで、教師がつぶやきの運用力を高めていく方法を明らかにしようと助成研究に取り組んだ。
先行研究によれば、子どもは幼児期から児童期にかけて「一次的ことば」=生活言語、すなわち親や幼稚園・保育園の先生など身近な人を目の前にして1対1でコミュニケーションする言葉と、「二次的ことば」=時間空間を隔てた不特定多数に伝える言語(話し言葉、書き言葉)を習得するようになると言われており、そこには頭の中でもう一人の自分と対話する「内言」の成立を経て「二次的ことば」を使いこなせるようになるというプロセスがあるそうだ。
「大人は何かを話すとき、話す内容を考えてからしゃべりますが、子どもは直感が先というか、まず言葉が出てそこから考えが明確になっていく面があると思います」。たとえば思わず" うそっ! " と言ってしまってから、なぜ自分がそう思ったかを自己内対話を通して気づき、理解し、説明できるようになっていく。
岸野さんの研究には、授業中のつぶやきは内言にいたるステップの一つであると捉え、子どもに「自分で考える力」を獲得させるための授業づくりを、あくまでも授業実践の中の子どもと教師のやりとりの中で構築していこう、という考えが根本にある。
背景には、次のような岸野さんの問題意識があるようだ。
率直な感情表現の豊かさが自分で考えて表現する力につながる
「小学校低学年の場合、授業中のルールを身につけることは大事です。が、今しゃべってはいけませんとか、黙って聴きなさいなど教師の規制が厳しいと、先生の思い通りに授業は進むけれども、子どもが本当に思ったことや疑問に感じたことを素直に表現できなくなってしまい、それが問題だと思います。成長するにつれ考えたことを人前で論理的にキチンと述べる公的な表現力が必要になると思いますが、その基盤となる率直な感情表現が豊かにないと、型にはまった表現しか出来ない子どもになってしまう現状があるのです」。さらに、
「教師がレールを敷いてその通り進ませようとする授業の場合、正解は先生が持っているので、子どもがだんだん先生の顔色を見るようになります。いま先生に何を求められているか、先生が求めている正解はこれだろうからこう答えよう、というふうに。そうすると、自分で考え、その考えをもとに表現していくような力にはなかなかつながっていきません。子どもが素朴な思いを率直に言えて、それを教師が受け止め意味づけながら授業に織り込んでいくほうが、自分で考えて表現する力、思考力や判断力につながる授業になっていくと考えています」。
みんなで学びあい探究していく授業づくり、学校づくり、教育的風土づくりを目指していきたいこういう授業観は「アクティブラーニング」に通じるものがあるように感じられるが、岸野さんも、
「当時はアクティブラーニングという言葉は出てきていなかったと思いますが、今から助成研究を振り返ると、まさにそのことだったなと思います。子どもの自発的な言葉を出発点に、子どもたちとのやりとりの中で気づきや学びになるよう仕向けていく。それができる力量が教師の専門性には大いに重要だと考えています」。
が一般的に行われている座学スタイル中心の教員研修や、研究者主体の授業観察では教師の力量育成には限界があるのではと岸野さんは考え、授業者と研究者が一緒になって多角的に授業を見直しながら改善方法を探っていく、協働を通した力量育成を目指した。
3期62時間におよぶ授業観察を実施担任教師と一緒に授業を振り返り見直す
以上のような問題意識と目的から、岸野さんはまず、小学校1年生の1学級(男子19名、女子20名)を対象に、5月下旬、7月下旬、11月下旬の3期に分けて、登校から下校までそれぞれ1週間ずつ、合計62時間におよぶ授業観察を行い、授業の様子をビデオカメラで撮影して画像と音声を記録した。
また観察を行った日には、岸野さんたち観察者と担任の先生とでその日の授業を振り返って児童の行動や発言に対する意見を述べ合い、語られた内容を文字記録に残した。
そしてこれらの記録資料をもとに、次のような目的で3つの分析を行った。
《分析》
Ⅰ:朝の学級指導場面の分析
つぶやきの背景にある個々の子どもの特徴を把握することが目的。子どもたちの社会的関係、教師との関係性、学級の特徴を明らかにする。
Ⅱ:授業における子どものつぶやきと教師の対応
言葉を思考に使う力の育成過程を検討することが目的。より思考を必要とする教科として算数と国語の授業を対象に、授業記録を文字に起こし、子どものつぶやきと教師の対応を抽出して量的・質的に分析検討する。
Ⅲ:授業者と研究者による振り返りの分析
子どもの言葉に対する教師の運用力を高める方法を検討することが目的。朝の学級指導場面や授業観察後の振り返り時に語られた内容を分析し、その内容が3期に渡ってどう変容したかを明らかにする。
分析の結果と考察を、岸野さんの解説を交えて紹介していこう。
《結果と考察》
Ⅰ:朝の学級指導場面の分析
5月には、担任教師が教室に入ってくるまで好き勝手に過ごしていた子どもが、7月に入ると「先生が来るよ」「おいみんな、遊んだらダメ」といった発話が生まれ、朝の会は静かに過ごすべきだというルールの共有がうかがえた。9月以降は子どもたちだけで朝の会を始めるようになっており、教師が日直をほめると「教えてあげたんだよ」と自分も朝の会に貢献していたことを主張する発話もみられた。時間がたつにつれて、自律的に活動できるようになり、子どもが教師に認めてもらおうとする関係が成立していることがわかった。
ここで岸野さんたち観察者が注目したのは、富田(仮名、以下同じ)という男児の変化だ。
「最初はルールに沿えなかったり、言葉より先に手が出てしまったり、状況が呑み込めなくて混乱するような行動が目につきました。が、学期が進み、教師との関係が安定し、子ども同士で抑制する関係ができていくに従って、次第に自分の思いをきちんと言葉にして説明できるようになり、不安を言葉で制御できるようにもなっていきました(友達がプリントをもらっている様子を見て「俺は?なんで(もらえないの)?」と混乱していたが「ないと思う。俺、ないわ」と自分から落ち着いて結論を出した)。言葉を思考に使う力が育成される過程は、授業中に限らず、こういう場面からも見とることができると思います」。
つぶやきの中の思考を読み取り授業の文脈へつないでいく
Ⅱ:子どものつぶやきと教師の対応の分析
岸野さんは国語と算数、合計19回分の授業観察記録から、子どものつぶやきと教師の対応を非常に丁寧に抽出し、カテゴリ分類による量的分析と授業場面のエピソードの質的分析を行った。
【表1】は岸野さんが抽出したカテゴリの一覧で、9種類のつぶやきと4種類の教師の対応が見いだされた。さらにカテゴリの数を授業ごとに精査した結果、つぶやきや教師の対応の数の多少は授業の時期でなく、授業の特徴によることがわかった。この結果をふまえて、つぶやきとその対応が多く見られる特徴的な授業を取り上げて検討したところ、次のような3つの傾向が明らかになった。
①子ども個人の思いの主張から子どもどうしのつながりへ、そして思考の深まりへという変化。
②授業への参加から授業への積極的関与という変化
③個人への指摘からみんなで進める授業ルールへという変化
この中で、助成研究の主要テーマである①の傾向について、典型的な授業場面の事例を取り上げて見てみよう。,/p>
【表1】子どものつぶやきと教師の対応のカテゴリ
【表2】は7月に観察した、引き算の授業だ。挙手して指名された子どもが前に出て、問題文を口にしながら黒板のブロックを動かして解き方を説明している。注目すべきは「なんで上に動かしたか分かる?」「分けるため!」の後の「邪魔だから」というつぶやきだ。教師は「邪魔」という〈気づき〉を《取り上げ》、「邪魔」という言葉を「分ける」という動作に結び付け、「引き算」という解法を繰り返し確認させている様子が明らかになった。
「ほかの子どもたちは"邪魔"というつぶやきを笑ったり、おかしいだろ、と反応していますが、教師がつぶやきの中の思考を読み取り、学習の文脈につないでいます。そうすると子どもたちが発した言葉が、その授業での課題を考えるための言葉になっていくのです」。
【表2】7月の算数の授業のプロトコル
【表3】は11月の算数の授業で、「11-8」の解法を考える場面だ。「11を10と1に分けて、10から8を引く」と言うところを「10から9を引く」と言った小谷(仮名)に対して教師が理由をたずねると「どこから9が出てきたの?」「だから9と間違えたんじゃない?」と他の子どもたちが次々に理由を想像している。また、「どちらがどれだけ多いか」を書く必要性を確認する場面では子どもが教師の発言を〈受けつぎ〉〈繰り返し〉〈付け加え〉て積極的に授業に参加し、学習内容に関与しようとしており、教師も学習内容の本質に関わるつぶやきを適切に取り上げ、解き方や答えの出し方の思考に上手く結びつけている過程がよくわかる。
【表3】11月の算数の授業のプロトコル
授業者と研究者は協働関係互いに学び合うことが基本
Ⅲ:授業者と研究者による振り返りの分析
5月の段階では、教師がいちばん気になるのは富田であり、彼の問題点の指摘が多かった。観察者からは富田の授業以外の場面でののびやかな様子が話題にのぼったり、特別でありたいという思い、教師にかまってほしいという思いが強いゆえの行動ではないかという解釈など、多角的に子どもの様子を捉えていった。
「私の研究のスタンスは、担任の先生を指導しようと思って入るのでなく、一緒に学ばせてほしい、が基本です。個々の子どもに対して、あの子の行動はこうもとれるよね、ああじゃないのかな、などと皆で授業を振り返りながら解決策を探っていきます。あくまでも協働関係なのです。私にはこう見えたと意見を出し合いますが、その中のどれか一つが正解な訳ではありません。それぞれの捉え方すべてに可能性があり、皆で考える場を一緒に作っていく、そういう関わり方がきちんとできたのはこの研究の成果のひとつだと思っています」。
多角的な視点で子どもを見直していくうちに、担任教師の富田への語りは問題指摘から彼の変化の気づきへと変わり、やがてほかの子の変化にも目が向き、行動面だけでなく学習面で気になる子どもについてなど広く重層的に語られるようになっていく過程が明らかになった。
21世紀の子どもたちの学びにふさわしい教育文化を培う
以上のような結果と考察から岸野さんは、授業中のつぶやきは教師の対応次第で子どもが自分で課題を考え解決していく力に結び付けられること、教師の力量・専門性の向上は教師と観察者の協働による授業の見直しと改善によって可能になると総括した。
助成研究はその後、いくつかの方向に発展し、その一つが、幼児教育や幼小接続カリキュラムへの取り組みだそうだ。
「実は小学生より、幼稚園や保育所の子どものほうが自由に発話できる環境があります。実際、遊びながら自分が思ったことを口々に話していますよね。が、学校へ入学すると急に堅苦しい雰囲気になってしまい、先にお話したように形だけ整った表現しかできなくなってしまうことがある。そこをなんとかつないでいけないかな、と」。具体的には、
「園によっては、遊びが終わった後にみんなで教室に集まり、今日はこんなことをして遊びましたとか、こんなものを作りましたなどと伝え合ったり聴き合ったりする場を設定しています。そこで先生や保育士さんが、どうやって作ったの?なんでできてるの?などと上手にサポートしがら子どもが素朴な言葉で説明していく、そんな実践を福井県内の幼稚園や保育所で共有して行っています」。
まさに助成研究の幼児版といえる取り組みだが、
「10年ぶりに助成研究の報告書を読んで、改めてこの研究が原点だったなという気がしています」。
岸野さんは現在、幼小接続の取り組みに加え、専門職としての教員養成や研修システム構築などにも大きく関わっているが、当時の問題意識や目標はいまでも岸野さんの研究活動のベースとなっているようだ。
「子どもたちが自分の考えや判断を自分を通して表現し、友だちや先生と学びあいながら探究していくように、先生たちも授業のあり方を先生同士や研究者との協働で探究していき、先生自身のアクティブラーニングにつながるような研修システムを教師や研究者や行政の協働で構築していく。そこから今はさらに、皆で学び合うことを基本に、学び合う精神を組織や地域で共有して教育的風土や文化になっていくように、というところを目指しています」。
新しい時代を生きる子どもたちの教育には、授業内容や教師の力量だけでなく、新しい学校文化、新しい教育風土や教育文化を培っていく必要があるということだろう。
「新しいというより、古くて新しい、もういちど見直して再構築していく、という感じでしょうか」。
そのために特に注力を傾けているのが、教職大学院での教員養成だという。
「教職大学院は研究者養成ではなく、教職の専門性を高めるための大学院です。学校の先生や教育委員会の職員のかたも入学してきます。大事にしているのは助成研究と同様、自分の実践を自分で捉え直してより良い実践へと改善していける力を養うこと。カリキュラムも特徴があり、学部卒院生の場合には1年間、受け入れ校と呼ばれる小中学校でインターンシップを行い週3日通います。授業はもちろん、職員朝礼や職員会議にも参加し、実践現場を拠点に自分の課題を見つけ解決し、新しい実践を作っていく、そのプロセスを繰り返すのです」。
この、実践が出発点という福井大学教職大学院のカリキュラムは独自のもので、全国から入学生が集まってくるそうだ。
また福井大学が関わっている教職研修システムは内外の評価が高く世界にも展開しているそうだ。
「JICAと連携して、アフリカの先生たち向けに授業研究に関する研修を行ったり、エジプトと福井大学で協定を結び、日本型の学校づくりを学んでもらうための研修を行ってエジプトからの研修生をたくさん受け入れたりもしています」。
最後に岸野さんの今後のテーマについてうかがった。
「アクティブラーニングという言葉がないころから、その中身自体は、優れた教育実践で知られる学校ではすでに行われていたことです。授業を振り返って捉え直し再構成していくことを私たちは"省察"と言っていますが、出発点は教育実践であり子どもたちです。授業者と研究者の協働によって子ども観や授業観、教育観を互いに省察しながらより良い方向を共に探り、それを地域の文化として浸透させていけるよう、これからも日々の研究活動に関わっていきたいと思います」。
2019年4月から教職大学院で学ぶ学生たちを対象としたインターンシップ説明会。
関西や中部地域、東京からの入学生もいる(福井大学コラボレーションホールにて)。
実践の場との関わり方を大切にしています。実践の中に理論があり、優れた実践の中の秘訣を明らかにしていくことが大事だと思っています。