研究紹介ファイル
No.8 寺本 貴啓氏
教師が言葉をかけ手をかければ必ず子どもは伸びる
その手立てを、多くの現場に発信していきたい
寺本さんの助成研究のテーマはダイナミック・アセスメント。耳慣れない用語だが、もともとは特別支援教育においてうまれた指導と評価の方法で、個に応じた指導をしていく考え方が根底にあるという。教師が子どもの学習状況を確認しつつその場でリアルタイムに介入し、間違いに気づかせたり考え方を軌道修正するサイクルを繰り返し授業を進行していく【図1】、いわば「教師による授業コーディネートの方法」だと寺本さんは言う。答えを教えるのではなく、教師の「言葉がけ」によって気づかせる、のがポイントなのだそうだ。
この考え方はどの教科でも使えるし、学習場面にとどまらず生活指導の場面でも活用できる。しかも子どもの学習レベルに制限されることもない。かなり適用範囲の広い手法だという。
寺本さんがこの手法に着目した理由は、弱い人を支援するという立場で考えた時、子どもを見捨てない、というところにある。教師が"できる"と信じて手立てを打てば必ずできる、という考え方がダイナミック・アセスメント。勉強が苦手な子をいかに支援していくか、どう指導していけば少しずつでもわかるようになっていくのか、という教師の指導方法の開発に興味をひかれ、特にこの研究を深めていったそうだ。
さらにダイナミック・アセスメントはひとことで言えば「ベテランの神業のようなもの」だとも。現在、寺本さんは、経験を積むことでしか身につけられないと思われている"ベテランの奥義"を紐解こうと、新しい研究に着手している。
その点は後述するとして、まずは助成研究の成果からご紹介しよう。
【図1】ダイナミック・アセスメントの過程
ダイナミック・アセスメントは次期学習指導要領にマッチした手法
小学校の理科授業は【図2】のような「問題解決の過程」に沿って展開される。寺本さんは、以前から小学校の理科授業におけるダイナミック・アセスメントの手法と効果を研究しており、助成研究では③⑥⑦の場面で実践研究を行って、子どもたちが実感をもって言葉で表現する技術を身につける効果があることを確認した。
【図2】問題解決の過程
例えば⑥「結果の処理」の場面では、実験の観察を記録する際にはどういう点を「意識して見て書く」のかを「言葉がけ」によって子どもたち自らに気づかせた結果、それまで「あわ、出る」のように場当たり的に書いていた子どもが「メダカの目のような泡」というメタファを使ったり、「4ミリくらいの泡」という具体的なスケールを記述できるようになった。
また、③「予想・仮説の設定」と⑦「考察」の場面では、子どもたちがどのような記述ができれば" 良し"とするのかを検討するために、まず「記述モデル」【参照1】を作成してその妥当性を検証した。そして実際にダイナミック・アセスメントを使って指導した子どもたちは、「記述モデル」のような書き方ができるようになることを実証した。
重要なのは寺本さんが具体的にどういう「言葉がけ」で指導したのか、という点だが、それが今まさに寺本さんが取り組んでいる研究の要であり、次期学習指導要領で求められる"教師の力"でもあるのだ。
寺本さんの解説によれば次期学習指導要領がめざす「学習過程の質的な改善」とは「学習場面の最中に、子どもが見方・考え方を働かせることができるように指導を入れていきなさい」ということなのだという。つまり子どもたち自らに気づかせるというダイナミック・アセスメントは「学習過程の質的な改善」にぴったり合った指導法といえる。2020年度からの実施を目前に、大勢の教師がこの手法を身につけることができれば、と大いに期待される。
しかし、この指導法は何かワークシートを使えばできるというツールがあるわけではない。しかも最初に寺本さん自身が指摘したように「ベテラン教師の神業のようなもの」でもある。やはり経験を積み重ねて習得していくしかないのだろうか......。
「実はベテランの神業には秘密があるのです。その秘密を" 見える化"することで経験の浅い教師でもある程度の実践力を身につけることができると考えています」。
【参照1】作成したテスト問題 ※記述モデル(解答)入り
"見える化"して型(パターン)を取り出せばベテランの手法をまねることができる
ベテランの技術は大きく二つに分けられるという。ひとつめは「見とり」(=子どもの状況を正しく読み取ること。ベテランほど精度が高い)、ふたつめは「見とり」に対する「即時対応」(=子どもにどう切り返していくか)。寺本さんはいま即時対応を" 見える化" するために、現場の先生に『子どもの状況で気になることがあったとき、どのような手立てをしていますか』という調査を行い、サンプルを一覧表にまとめて分析する研究をすすめている。
回答の要点は「教師が感じた状況」(=その場の子どもの状況)、「目的」(=こうさせたいという教師の思い)、「働きかけ・発問」(=教師の具体的な声かけや指示)の三つにしぼった。【表1】
調査で収集したサンプル一覧
【表1】思考を促す教師の働きかけ
「教師が" 子どもをこうさせたい" と思ったときに打つ手立て、その引き出しをたくさん集めて分類すると、いくつかのパターンが見えてきたのです。経験の浅い教師の場合、まずはどのようなパターンがあるかを知ってまねることからスタートし、自分のやり方を習得していけばよいのではないでしょうか」。
これが寺本さんの"見える化" の意図だ。
「表を見て、具体的すぎると思われるかもしれませんが、こういうレベルの積み重ねなのです。今度はこれでやってみようと自分の引き出しが増えたり、この手は自分は苦手だから使っていないなとわかったり。まずは対応の仕方を知ったうえで自分のオリジナルになるよう工夫していけばいいわけですが、その前の段階でつまづいている教師が多いような気がします」。
実際に一覧表を現場の先生に見せたところ、「ああ、確かにこんなやり方がありますね」という反応が返ってきたそうだ。ベテランほど意識しないで瞬時にその場で判断し、いろいろな切り返し方で子どもを動かしているのだろう。さらに、ベテランだからこそ囲碁や将棋のように何手も先のことを考えたうえでこの手を打っているのだな、と推察できる働きかけもあるという。
ベテラン教師の場合は、寺本さんがまとめているような一覧表が経験則として頭の中にあるということか --。
「ただ、ベテランでもこれら全部をやることはできません。教師のキャラクターや得手不得手があるので」。
逆に言えば、自分の指導のクセや偏りを知ることにも活用できそうだ。
「集めて整理するだけでも、まだまだ時間はかかると思いますが、いずれまとめたいと思っています。いい型はどんどん共有していけばいいのですから」。
では、「見とり」についても同じような調査をすれば、ベテランをまねるヒントが見つかるのだろうか。
「パターン化するのは難しいかもしれません。子どもの声のトーンとか、同じ部屋にいるからわかる空気とか、そういう感覚的な面が強いと思うので。それにベテランか否かより、日ごろ子どもにどれだけ関わっているかやセンスによるかもしれないですね」。
「主体的・対話的で深い学び」とダイナミック・アセスメント
寺本さんは、かつて公立小学校教諭、公立中学校の理科教諭として義務教育の現場にいた。中学校教諭のときに休職して広島大学大学院教育学研究科へ入学したが、修士課程の1年目で「研究は面白い!とても修士の2年では終わらない」と教員を辞め、博士課程へも進み研究者の道を歩んでいる。原動力は「よりよい授業とはなにか」という興味と探究心だ。
助成研究後には、次期学習指導要領の肝といわれ注目されていた「アクティブ・ラーニング(以下AL)」に関する研究の成果を入門書と実践書の2 冊にまとめており、今年中に3 冊目にあたる学術的な著書も出版予定だという。ALの第一線の研究者として現場から講演を依頼されることも多いそうだ。
「教育書は全般的に難しすぎるような気がしています。本を出して改めて気づいたことですが、言いたいことをわかりやすく伝える、いろんな場や立場の違う人の前で同じことを言い続ける、そうやって発信していくことは大切ですね」。
さて次期学習指導要領では、概念が曖昧であることを理由にALという言葉は採用されなかったが、代わって使われるようになったのが「主体的・対話的で深い学び」という言葉だ。
寺本さんの研究の中で、ダイナミック・アセスメントと「主体的・対話的で深い学び」はどうつながっているのだろう。
「各教科の場面場面で『見方・考え方』を働かせられるようにすることで『資質・能力』が育まれます。そしてその『資質・能力』によって、さらに豊かになった『見方・考え方』を働かせることができるようになる。この繰り返しと積み重ねが、どの教科どの日常場面でも活用できる汎用的な『資質・能力』の育成へとつながっていくのです」。
これが次期学習指導要領がめざす教育のイメージ【図3】であり、その中で「主体的・対話的で深い学び」は、子どもの「見方・考え方」と「資質・能力」が互いに育っていくための子どもの学びの姿であって、一方ダイナミック・アセスメントは子どもたちに主体的な学び・対話的な学びをさせるための教師側の舵とりだと寺本さんは言う。
【図3】「主体的・対話的で深い学び」と「見方・考え方」、「資質・能力」の全体イメージ
しかし、どういう授業をすれば子どもが「見方・考え方」を働かせることができるのか、どんな「見方・考え方」を働かせれば汎用的な「資質・能力」が身につくのか、の研究はまだまだこれからなのだそうだ。
「そもそも全ての教科でできるのかどうか、現場の授業に落とし込んだ具体的で実践的な指導法をどう開発していくか、課題はたくさんあります。僕は教科としては理科が専門ですから、まずは小学校の理科に的を絞って『見方・考え方』を働かせるための指導法、『資質・能力』の育成につなげる指導法を探っていくことが、今後の大きな研究テーマになるでしょうね」。
今回の学習指導要領改訂は、現場には負担感が強いのかもしれないが、寺本さんは「大きなパラダイム変換であり、教育の大きな転換期」だと言う。
「指導要領が変われば教育の目的やゴールが変わり、指導方法も変わるわけですが、要するに国のめざす方向性が変わってきている、ということです。今や知識はスマホで簡単に手に入りますから、知識を得ることよりその知識をどう使えるかが重要です。10年前にはスマホは無かった。特に社会に出てから必要なのは問題解決力と創造性ですよね。この知識とこの知識を組み合わせればこの問題は解決できる、と結び付けて考えられる力というか。人工知能(AI)がすごい勢いで開発され職業がなくなるかもしれない時代になってきた今、人間だからこその思考力が求められている。次期指導要領には、我々には研究しがいのあるテーマがたくさん詰まっていると思います」。
しっかり関われば子どもは自然と見えてくる
もうひとつ、寺本さんが現在かかわっている研究に、ICT(Information and Communication Technology)の効果的な活用法がある。
小学校の現場で電子黒板やタブレット端末などを使った授業を行うときにどう活用するのがいいのか、大学の教職課程で学生たちに実践させている。実際の小学校と同じ環境の教室にICT機器が置かれ、学生は機器を使いながら模擬授業をすることができる。この日、ゼミの学生による模擬授業が終わったあと寺本さんは講評で、
「なぜICTを使うか、そこの部分を考える必要があります。機器があるから使うのではないです。教育的に必要だから使う、効果的だから使う。場合によっては板書してノートに写させるほうが子どもの頭に残る場合もあります。それを踏まえたうえでまず使ってみましょう。触らないと操作の仕方も覚えられない。触って使って慣れていけば、ああこう使えるかもと発想が思いつくものです」。
ゼミ生たちに寺本さんの授業の特徴を聞いてみると、
「先生は指導案を作って提出したらそれで終わり、ではないのです。ここがダメだと指摘してリターンしてくれて、もう一回出すチャンスを与えてくれます。そのおかげで指導案がしっかり書けるようになり、教育実習が乗り切れたと思っています」。
「大勢いてもひとりひとりに丁寧にやってくれていると感じます。100人くらいが提出していますが、それでもひとつひとつに目を通して返してもらえます」。
ダイナミック・アセスメントの考え方=個に応じた指導をしていくことを寺本さん自らも実践している、ということなのだろう。基本は、寺本さんが学生たちをしっかりと指導しているからこそ生まれる信頼感なのだ、と思う。
学習指導要領の改訂にツールの進歩。現場出身の寺本さんは、教師たちにこうエールをおくって話を終えた。
「いろいろ大変だと思いますが、手をかければかけるほど子どもは伸びます。教師にはやはり、伸びると信じて手を変え品を変えいろいろな手立てを打ってほしい。僕のその立場はかわりません。先に" 見とり"と言いましたが、あれは見ようと思って見えるものではなく、自然と見えてくるものなのです。子どもにしっかり関われば自然と見えてくる。教育の大きな転機だからこそ、足元をしっかり見つめることを忘れないでほしいですね」。
寺本さんとゼミの学生の皆さん
『 "ダメ事例"から授業が変わる!小学校のアクティブ・ラーニング入門 -- 資質・能力が育つ"主体的・対話的な深い学び" --』 (寺本貴啓・後藤顕一・藤江康彦=編著 文溪堂)
『 六つの要素で読み解く!小学校アクティブ・ラーニングの授業のすべて』(寺本貴啓・後藤顕一・藤江康彦=編著 東洋館出版社)