児童教育実践に
ついての研究助成

研究紹介ファイル
No.26 田中 真由美氏

武庫川女子大学 文学部 英語グローバル学科 教授

絵本の読み聞かせを活用し、国語科と外国語活動を連携
ことばへの気づきを促す授業実践を積み重ねました

武庫川女子大学 文学部 英語グローバル学科 教授 田中 真由美氏

研究助成申請当時、田中さんは信州大学の教育学部に勤めていたそうだ。

「2016年度から信州大学教育学部附属幼稚園、附属松本小学校・中学校が文部科学省の研究開発学校として幼小中一貫教育の推進プロジェクトをすすめていたのです。そのカリキュラムの中で小学校1年生から3年生を対象に新設された学びの4領域『ことば/ 科学/ 暮らし/ 表現』の『ことば領域』に着目した実践的研究を、附属学校の先生方と共同で行いました。」【図1】

「ことば領域」は①国語科の内容、②外国語活動の内容、③国語科と外国語活動の横断的内容、の三つから成っており、田中さんは③の横断的内容を扱う時間を「ことば科」と名づけた。「ことば科」では言葉の概念を英語や日本語など個別言語をさすのではなく、「コミュニケーションを行うための意味、機能、仕組みを持った記号体系一般」と定義した。

「子どもたちが言語を学ぶとき、日本語は国語科で、英語は外国語活動や英語科の授業で、というふうに別の教科として学ぶ状況があると思います。ですが日本語にも英語にも言葉という大きなくくりでは共通点があるだろうし、違いもある。そのことに気づいていくと、よりそれぞれの言語への学びが深まるのではないか、という考えから『ことば科』と呼ぶことにしました。」

さらに、
「『ことば科』の授業を通して、子どもたちが言葉に対して自覚的になっていくことがねらいでした。自覚的とは『ことばへの気づき』とも言うのですが、言葉の仕組みや働きを意識した上で言葉を使う力のことで、たとえば文法がそうです。英語と日本語では言葉の並び方が違い日本語の順番で英語に置き換えるだけでは通じないのだと気づく。似ているところと違っているところを比較しながら言葉を学んでいくことで、自覚的に言葉を使う力を母語でも外国語でもつけさせたい、と思いました。」

実は「ことば科」には、英語教育の分野で注目されているCLIL*1 の視点が含まれ、田中さん自身もそれを意識していたそうだ。

*1  Content and Language Integrated Learningの略。教科科目・テーマの内容(content)の学習と外国語(language)の学習を組み合わせた学習(指導)の総称で、日本では「クリル」あるいは「内容言語統合型学習」と呼ばれている。英語を使って算数や理科などの教科を学ぶ指導が含まれる。

【図1】「学びの総合化」による幼小中一貫カリキュラム(信州大学教育学部研究論集第10号宮崎他,2017)

【図1】「学びの総合化」による幼小中一貫カリキュラム(信州大学教育学部研究論集第10号宮崎他,2017)

日本語も英語も一緒に学べる「ことば科」の授業を考案

田中さんが絵本の活用を考えた理由は、附属幼稚園と附属松本小学校の両方で、絵本の読み聞かせが継続的に行われており、絵本が子どもたちの身近な存在だったことが大きかったという。
「幼小中一貫カリキュラムにおける、幼稚園の『遊びの学び化』と、小学校1~3年生の『ことばの領域』をつなぐもの、接続を媒介するものは何かと考えたときに、絵本だなと気づいたのです。附属松本小学校でずっと大事にされてきた絵本の読み聞かせを活かせたのは良かったと思います。」

教科等横断型の学習内容を検討する際には、すでに学校で実施されている活動や教育課程に落とし込んでいくのがスムーズに受け入れてもらえるポイントと言えるのかもしれない。
また、外国語教育における絵本の読み聞かせに関する先行研究によれば、子どもは視覚や聴覚を働かせながら、自分がすでに持っている言葉の働きについての知識や世間の常識を手がかりにリスニング・スキルや集中力を高めることができると考えられているそうだ。

「絵が聞くことの助けになるのです。聞くだけでは理解できないことも、絵を見て推測したり想像したりすることで、内容理解が深まります。視覚情報を得られる絵本は英語の学習にとても向いていると思います。」

そこで田中さんは、絵本の読み聞かせを活用して日本語と英語を一緒に学べる「ことば科」の授業を考案し、幼小中一貫カリキュラムの「幼稚園における遊びの学び化」とも関連させた、「ことば科」のシラバス作成を目的に助成研究に取り組んだ。

まず絵本の選定に着手し、絵本を用いて何を、どのように、どのような順で指導・評価するかを考えるため、①教育内容の整理と②指導・評価法の開発は、ともに実践を通して通年で行い、これらの結果を踏まえ年度末に③教育計画を考案することにした。

授業実践の対象は信州大学附属幼稚園の年中と年長の各学年1クラス、松本小学校の1~3学年の各学年1クラスとし、実践後に幼児童の発言・行動・振り返りシートなどを観察して、言葉の意味、仕組み、働きに関する気づきがあるかどうかを評価した。

絵本の選定や授業内容の考案は、幼稚園担任教諭、小学校担任教諭、小学校英語専科教員(日本人)、小学校ALT(Assistant Language Teacher オランダ人)などとチームを組んで実施した。

実践し内容を振り返りながら授業内容を練る

研究内容や方法、結果や考察について、具体的に実践の様子を示しながら見ていこう。

教育内容の整理/絵本(日本語・英語)の選定

「ことばへの気づき」を意識した絵本選定ポイントは「日本語と英語の意味、仕組み、働きの相違点や類似点に気づかせることが可能かどうか」とした。また、幼小接続を意識して①物語の展開の予測が容易であるか、②表現の繰り返しがあるか、③想像力をかきたてられるか、もポイントとした。
結果、日本語の絵本11タイトル、英語の絵本21タイトルを選び、タイトルやあらすじ、読み聞かせポイントなどをリスト化した「ことばの教育のための読み聞かせ絵本のデータベース」を作成した。

「読んでみないと内容がわからないので、選定は結構大変でした。」授業内容を考えてからふさわしい絵本を探すこともあれば、これはと思う絵本ありきの授業展開を考える場合もあったそうで「最終的には言葉が少ないもの、子どもたちが日本語ですでに読んだことのあるもの ― たとえば『大きなかぶ』など ― を中心に厳選しました。」

小学生向けの英語の絵本には、Yes とNoだけしか使われていないもの、アルファベットのABCしか書かれていないものなども選ばれた。

附属幼稚園での実践

「附属幼稚園では絵本の読み聞かせはお迎えを待つ退園前の時間を使って行われていました。その時間帯に、幼稚園教諭による日本語の絵本の読み聞かせ、小学校のALTによる英語の絵本の読み聞かせを実施することにしました。」

英語の絵本『Brown Bear, Brown Bear,What Do You See?』の読み聞かせの特徴は、動物の名前が2 回繰り返されたあとに"What Do You See?"と幼児に対して問いかけが繰り返されること。幼児たちはALTと一緒にリズミカルに表現を繰り返したり、問いかけに対する答えを予測したり、絵を見て英語や日本語で動物の名前を答えたりできる。
ALTと一緒に動物の名前を英語で繰り返したり、問いかけに対する友だちの"Zebra"という発話を真似したりする子や、読み進めるにつれて次の動物が気になりALTより先に次のページの繰り返しフレーズをつぶやく幼児の姿などが観察された。

「"What Do You See"と言いながら先生がおでこに手をかざして何かを見るような動作をすると子どもたちも動作を真似ながら"What Do You See?"と繰り返すのですが、どういう意味の英語なのかわかっていないのではないかと指導した先生はおしゃっていました。でもそれでいいよね、と。リズムと音と体で覚えたことが後になって、そういう意味だったのかと気づくことがあれば十分なのです。」

日本語の絵本の読み聞かせでは、繰り返し使用している絵本であるにもかかわらず、毎回子どもたちが初めて聞いたかのように驚いたり喜んだりする姿が見られたという。

「友だちと一緒に、楽しい気持ちや内容の面白さを共有したり再確認したりしているのだと考えました。」

繰り返し使用されている日本語の絵本の英語版を小学校の授業で使用することで、幼小を接続し遊びを学びへとつなげる可能性がありそうだ。

附属松本小学校での実践

小学校では日本語と英語の相違点や類似点に気づかせることを目的に、反対言葉・否定語・オノマトペ・注意や叱責などの表現が特徴的な英語の絵本を選定した。
授業は主に日本人の英語専科教員とALTがチーム・ティーチングで行い、授業によっては学級担任教諭も参加した。

指導方法には、先行研究によって提示されている読み聞かせのモデルを使用し、指導モデルに沿って 計画(Plan) 、実行(Do) 、 反省(Review)の3段階の流れで実施した。
『No, David!』(注意や叱責、同意等の表現)を用いて小学校1年生で行った授業の一場面が【表1】だ。

【表1】読み聞かせ中の活動(No Davidi)

【表1】読み聞かせ中の活動(No Davidi)

計画(Plan) では、絵本の表紙を用いた導入を行った。表紙に描かれたDavid の母親の表情を想像させ(絵本にはDavidの母親の顔は一切描かれていない)、どのような状況であるかを児童たちに考えさせる活動を行った。

実行(Do)の実際の読み聞かせ授業では、注意したり叱ったりする時の表情や口調、言い方など、言語の使用場面と機能について考えさせ気づかせるために、自分や身近な人ならどう注意するかと児童に問いを投げかけ、絵本のコミュニケーションの場面を児童それぞれにとって身近な場面へと転換させている。

先行研究によれば、教室内の交流を重視する「交流型読み聞かせ」の手法が注目されているそうだ。数ページ読み聞かせを行った後で少し立ち止まり、内容について予測したことや理解したことをクラスの友人と話しあって様々な読み方に触れさせたり、教師の問いかけに対する答えを考えさせたりすることで、理解を深める機会を子どもに与えることができるという。

反省(Review)では、『No, David!』を読み終わったあと、自分が叱られた時の場面を児童たちに思い出させ、誰がどのような口調で何と言ったかを引き出し、絵本のDavidの母親なら英語でどのように言うと思うか考えさせる活動を班ごとに行わせた。

その結果、声の大きさで注意の度合いの差がわかる ̶「大きいでっかい声のNoと中くらいのNo、(あまり悪くないときは)小さいNo」̶ と考えた児童がいた。

「Yesはハイ、Noはイイエという英単語の意味を学ぶ授業ではありません。同じ言葉でも状況によって声音や強弱が違い、それによって意味も違ってくることに子どもたちは気づいていました。絵本の最後にDavidのお母さんが初めて『Yes, David』と言うのですが、どんな気持ちで言っているのかな?と問うと、『いいんだよ』とか『大丈夫だよ』と優しい言葉に子どもたちなりに変換されていました。YesとNo しか出てこない絵本ですが、とても深い言葉の学びができたと思います。」

Altに絵本を読み聞かせてもらう小学校の児童たち

Altに絵本を読み聞かせてもらう小学校の児童たち

評価

学習評価の観点は、①自己表現力:児童の内にあるものを他者に表現する力、②課題探求力:児童自らが求めるものを追究する力、③社会参画力:ある目的に向かって他者と協働して創造する力、の3観点とした。これらは幼小中一貫教育の推進プロジェクトにおける評価の観点である。

具体的に『No, Daivid!』の単元における評価基準は次のとおりだ。

① 自己表現力:絵本の読み聞かせから感じたYesやNoの意味を自分の言葉で友だちやALTに伝えようとしているか。
「発言はもちろん、つぶやきや動作も入ってきます。(田中さん)」

② 課題探求力:強く"No"と言う場合や、低く冷静に"No"と言う場合など、声の強弱や高低の理由を絵本の内容から推測して答えようとしているか。

③ 社会参画力:状況や人間関係によって同じ単語でも様々な意味合いと表現方法があることに気づき、その表現方法の違いを受け入れているかどうか。
「さらに、言葉の面白さや特徴を自分一人で理解しているのではなく、友だちと共有している、他者と関わりながら学ぶことができる、といった観点も含まれます。(田中さん)」

ことばへの気づき

3年生の授業では、同じ内容の絵本を日本語と英語で読み聞かせ、それぞれの言語における様々な表現を考えさせる活動を行った。

『The Happy Day』と翻訳版『はなをくんくん』、バイリンガル絵本『Where Are You Going? To See My Friend! /どこに行くの?ともだちにあいに!』(左からめくるページは英語で、右側からめくるページは日本語で書かれている)を使用した授業後の児童の振り返りシートから児童の「ことばへの気づき」を考察した。

『The Happy Day』は冬眠から目覚めた動物たちが春の匂いがする方向へ走って行くというストーリー。英語のrunやsniff など動物の動作を表す単語が日本語ではどのような表現になるかを、動物の絵と照らしあわせて考える活動を行った。振り返りシートには次のような記述がみられた。

〔チョコチョコやドスドスという動作の様子の言葉で走っている様子などがわかって面白かった〕〔ササササササだけでも読み方を変えると、ゆっくりだとおそーい感じになったり、早く読むと小さい動物が走っているみたいで面白いと思いました〕など、動作を表す日本語の表現や音の多様さを〔面白い〕〔楽しい〕〔良かった〕と感じた児童が約8割いた。

『Where Are You Going? To See My Friend! /どこに行くの?ともだちにあいに!』は、動物の鳴き声の表現方法が言語によって違うことを〔面白い〕〔驚いた〕と感じたり、違いに気づいたとハッキリ記述した児童が約半数おり、〔ほかにもいろいろな鳴き声を調べたいと思った(ほかの国の)〕と学習意欲を示した児童が26.5%いた。

さらに、〔私は羊がメーメーと鳴くと思っていたけど外国などでは、バーバと鳴くことがわかったので意識して聞いてみたら、どっちも混じったように聞こえて、不思議だなと思いました。多分メーメーと鳴くと思うとそう聞こえるだけなんだと思いました〕など音の認識に関する自分なりの考えを書いた児童が23.5%いた。

また、年度末に小学校3年生の実践クラスを対象に行ったアンケートの結果、日本語の絵本の読み聞かせが好きな理由に〔いろいろなことを知ることができる〕、英語の絵本の読み聞かせが好きな理由に〔英語の勉強になる〕との回答があった。

以上の結果から田中さんは「日本語と英語の読み聞かせを継続的に行ったクラスの児童たちの中には、絵本の読み聞かせを楽しむためだけでなく、言葉の特徴を分析的にとらえようとしたり、言葉の学習に意欲を示したり、自ら言葉を学ぶための活動ととらえている児童がいることが明らかになった」とし、実践事例と結果を基にシラバスを完成させた。【表2】

著者:Ruth Krauss/出版社:HarperCollins

著者:Ruth Krauss/出版社:HarperCollins

訳者:きじま はじめ/出版社:福音館書店

訳者:きじま はじめ/出版社:福音館書店

【表2】1学年のシラバス(H29年度末作成・H30年度実施)

【表2】1学年のシラバス(H29年度末作成・H30年度実施

文化への気づきを促す絵本の読み聞かせ研究を継続中

翌年、田中さんは作成したシラバスに沿った「ことば科」の授業を行い、シラバスの内容を検証するため、年度末に児童を対象としたアンケート調査(選んだ絵本が教材として適切であったかどうか)を実施した。
さらに授業実践者(外国語専科教師・ALT)と授業観察者(研究チームメンバー4名)でシラバスの振り返り(ことばへの気づきを促すシラバスであったか)を行った。

児童へのアンケートの結果、「英語の絵本の読み聞かせが好きか」の質問に「いいえ」と答えた割合が多かった2年生の教材選定を再検討した。反省点として選定絵本が物語性に乏しかったことが挙げられ、さらに児童の発達段階や他教科の学習進度に応じた再編成の必要性も検討し、【表3】のようにシラバスを修正した。

勤務先が変わり、兵庫から長野へ出向いての授業考案や実践アドバイス、授業観察・参与は大変だったようだが、助成研究の発展形として、現在も田中さんは小学生を対象に絵本の読み聞かせの研究を継続しているそうだ。

「公立小学校の外国語活動の時間を使って、実際に私が授業をさせてもらい、その時のデータを取っているところです。2018年から始めたのですがコロナで中断してしまい、現在も継続中です。助成研究では言葉に焦点を当てましたが、今はもう少し文化に焦点を当てています。もちろん言葉にも文化は表れてくるのですが、絵やイラスト表現にも国による文化の違いを見ることができますし、物語の内容にも文化の違いがあります。言葉と文化への気づきを促す英語絵本のクリティカルリーディングの指導法を開発したいと考えています。」続けて、

「助成研究で、子どもたちがあれほど言葉に気づけるのだとわかりました。では大学生に対して物語=小説を使ってどんな気づきがうまれるのか、という研究にも着手しています。英語文学テキストを用いて、文学の時間でなく英語のリーディングの時間の中で、言葉や文化の違いを批判的に読んでいこうという実践的な研究です。いずれはwriting 研究にもつなげたいと思っています。読むことと書くことを組みわせたほうがよりことばへの気づきは深まると考えていますので、助成研究での実践を、そういう流れにつなげていきたいですね。」

【表3】シラバスの検証

【表3】シラバスの検証
博報堂教育財団のHPを見たという小学校教諭の方から連絡をいただき、つながることができました。絵本の相談から始まり、今は教師の成長に関する研究をご一緒できないかと話しています。

「博報堂教育財団のHPを見たという小学校教諭の方から連絡をいただき、つながることができました。
絵本の相談から始まり、今は教師の成長に関する研究をご一緒できないかと話しています。」

  • vol.12 教科等横断型学習の開発
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