コラム

Vol.09

by ひきたよしあき 2018.08.07

願望のコトダマ

どこか遠くへ行きたいなぁ。
ずっとおしゃべりしてたいなぁ。
プロ野球の選手になりたいなぁ。

小学3年生の時でした。
「〜たいなぁ」
で終わる言葉をいっぱい書きなさい。
という授業がありました。

急に言われても、思いつかない。
あれこれ考えて、

「新しいグローブが欲しいなぁ」

と書きました。
私が使っていたのは兄のお古だった
ものですから。

ひとつ書くと次々でてきます。

「お好み焼きが食べたいなぁ」
「犬を飼いたいなぁ」
「東京に遊びに行きたいなぁ」

と身近なところから始まって、

「スフィンクスを見たいなぁ」
「宇宙から地球を見てみたいなぁ」
「天才科学者になりたいなぁ」

とどんどん膨らんでいきます。

授業の後半で、みんなが書いたものを
発表します。

「宝塚に入りたいなぁ」
「阪神タイガースのキャッチャーに
なりたいなぁ」

に始まって、漫才師、宇宙飛行士、
世界を旅する放浪者、王様、大金持ち
とでてくるわ、でてくるわ。
普段は地味な子が、意外に大きな夢を
もっていることにびっくりしました。

「書いているうちに、気持ちが大きく
なったでしょう。晴れ晴れとした気に
ならなかった?
それが大事なんだよ」

と先生が言います。
確かに書き始めた頃よりも心が自由に
動くようになりました。みんなも同じ
様子で、クラスの笑いもぐんと増えました。

後年、これが児童詩の分野で

「たいなぁ方式の詩」

という指導方法だと知りました。
願望を詩に託して、心に溜まっている
ものを吐き出す方法でした。

こうした授業は、一生の宝物です。
今でも私は、「たいなぁ方式の詩」を
書いてストレスを解消しています。

小学校も高学年になると夢ばかりは
見ていられません。
受験が近づいてくるにつれ、

「たいなぁ方式の詩」から
「ならない方式の詩」が増えてきます。

「苦手科目を克服しなければならない」
「この土日も勉強しなければならない」
「受験校に入らなければならない」

「〜すべき」、「〜しなければ」といった
義務や責任が重くのしかかってくる言葉が
増えてきます。
それを果たせなくて、「できなかった自分」
「ダメな自分」という言葉が心をよぎり、
どんどん自信がなくなりました。

受験に失敗して浪人。
「ならない方式の詩」ばかりが頭に浮かぶ
日々の中、ふと小学校の授業を思い出せた
のは幸運でした。
勉強をしばし横において、ルーズリーフに
「たいなぁ方式の詩」を書く。

「小説家になりたいなぁ」
「日本文学を勉強したいなぁ」
「長編小説を読みたいなぁ」

と、自分の願望が次々に言葉になります。
偏差値の高い法学部にしようか。
就職に強そうな経済学部にしようか。
いやいやこの大学の法学部より、こっちの
大学の経営学部の方が入りやすそうだ、
などと考えていた自分が嘘のよう。

「たいなぁ方式の詩」で気持ちを
大きくしてみると、なりたい自分の姿
が晴れ晴れと見えてきたのです。

「〜したいなぁ」で表現される
願望のコトダマ。

 

自分の思いを目に見える形にする
方法を、ぜひ子どもや若い人たちにも
知って欲しい。

願望を言葉にすると、未来の自分が
見えてくる。
ストレス解消にはもってこいの方法だと
確信しています。

※ 参考文献
たのしい詩のかきかた「たいなあ方式」たいなあでかこう(少年写真新聞社)
松本利昭 著
  • ひきたよしあき プロフィール

    作家・スピーチライター
    大阪芸術大学客員教授
    企業、行政、各種団体から全国の小中学校で「言葉」に関する研修、講義を行う。
    「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)、「人を追いつめる話し方、心をラクにする話し方」(日経BP)など著書多数。