Vol.15 |
2018.10.29 |
幸せのコトダマ
母が今年の1月に老人ホームに入りました。
昨年の夏に調子が悪くなったのを機に
兄と都内の施設を探したのです。
20年近く前に私が離婚してから、
母はずっと私の世話をしてくれていました。
料理、洗濯、掃除を、80歳を超えた
母に任せていたのだからひどいものです。
58歳になるまで家事をろくにやらずに
きてしまった。今になってそのありがたみを
ひしひしと感じています。
何よりも料理です。
どんなにお金をだして、豪勢な料理を
食べたところで、手料理にはかなわない。
その決定的な違いは、食べた瞬間に
「おいしい」ではなく、
「あったかいなぁ」
という言葉が心に浮かんでくることです。
この「あたたかい」という言葉が、
幸せのキーワードだと説いているのが
東邦大学看護学部 福島富士子学部長です。
先生は言います。
「ナイチンゲールは、とある書の中で、
看護とは、新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔さ、
静かさなどを適切に整えることと言いました。
この中にある「あたたかさ」を私は、単に
温度管理の問題ではなく、コミュニケーションや
心の問題も含むと考えています」
私は、この講義を聴きながら、しきりに母を
思い出していました。
それは浪人していたときのこと。
冬が近づき、だんだんと受験日が近くなって
きた頃です。
予備校から遅い時間に帰ったとき、
母の料理がでます。
「はぁ、あったかいなぁ」
と一息つく。
風呂に入って、口まで浸かり、
また、
「あったかいなぁ」
と思う。布団に入ると、お日様の
匂いがする。日の短いときなのに、
母が布団を干してくれていたのでしょう。
それにくるまりながら、
「あったかいなぁ」
とまた思う。
受験生をもったお母さんから、
「子どもにどんな言葉をかければ
いいでしょうか」
と質問されるとき、私が、
「言葉はいりません。子どもが、
『あったかいなぁ』と思えるような
態度をとり、行動してください」
と言うのは、この時の経験が
あるからです。
子どもにとって、いや、人間にとっての
幸せのコトダマは、
「あったかいなぁ」
だと思うのです。
これが思わず口からでるとき、
人は愛情に包まれている。
一人台所に立ち、適当に料理を
作って、そそくさと食べている
今の私だからこそ、この言葉が
身にしみるのかもしれません。
そろそろ受験も正念場です。
これから冬至に向けて日の暮れるのが
早くなります。
受験生の心は、不安と焦燥で、
冷たく、かじかんできます。
「あったかく」してあげてください。
食事で、着るもので、部屋の温度で、
そしてあなたの笑顔で。
「あったかいなぁ」
という言葉が子どもの口からでることが、
親にできる最大の受験サポートだと
私は信じています。