ともに学び、支える 人材育成がいずれ、もっと広い支援につながる
関さんは発達性ディスレクシア(以下、ディスレクシア)児の「漢字の読み困難」に有効な指導法を開発する目的で基礎研究を行った。
「漢字の読みの難しさには二通りあると思っています。一つは言葉として難しい漢字。「親密度が低い」とか「親和性がない」と言います(ex.清祥、改号)。もう一つは、色々な読み方をする「一貫性が低い」漢字。たとえば小学校1年生で習う「生」の字は17通りの読みがあるそうです(セイ、ショウ、ナマ、キ、イきる...。一年生、一生...)」。
この二つの難しさはそれぞれ関わる能力が違っており、目から入った文字情報を処理する経路も違っているのではないか、と考えた関さんは【図1】のような仮説モデルを作成し、モデルの妥当性を検討した。「親密度が低い=意味の難しさに関わるのは、やはり語彙力だろうと思ってましたし、結果でもそう出ました」。
では、一貫性の低い漢字を読むのに関わっている能力は何かというと「複数ある読みの中で、どの読み方をする確率が高いかを推測する力」と仮定してみようと関さんは考えた。
仮説モデルに当てはめて説明すると、潜在学習能力があれば、実際にはない言葉(非語:協貝、公亭など)の読みを考える時に確率の高い読みのオトを当てはめて「もっともらしい読み」を推測することができ、意味を知らなくても(語彙力が低くても)親密度の低い単語を読む力につながる、という流れだ。
「平仮名カタカナのデコーディング能力に相当するのが、漢字の場合だと、潜在学習能力でパターンを学習する能力と関係があるんじゃないかと思って試みたのがこの研究です」。
このとき既に関さんは当時所属していた鳥取大学チームの研究で、仮名読みの障害メカニズムを究明し、仮名読みの基礎能力であるデコーディングの弱さには語彙力が補完的に働くことを検証していた。では漢字の読み困難において、漢字読みの基礎能力である語彙力の弱さを補完する能力は無いのだろうか?と考え、着想したのが「潜在学習能力」―学習意識や学習意図がなくても規則性のある事例に繰り返し接することでその規則性が学習されること(パターン学習)―だったという背景もあるようだ。
仮説モデルを検証するために行ったテストは①日本語を母語とする成人と、日本語を学習する留学生に対して「デコーディング能力テスト」などいくつかの読みを習得する能力のテストを行い、それぞれの能力が、漢字の読みのモデルのどの部分に関わってくるのかを明らかにする。②さらにテストを受けた一部の人に機能的MRIテストを行い、オトを考えている時と意味を考えているとき、それぞれの場合で働く脳の部位を確認し、上述①の分析の裏付けとするというもの。脳が働く部位が違う=能力として違うことが明らかになる。
関さんは脳神経小児科の勤務経験もある医学博士。機能的MRIを仮説モデルの精錬に使った点は発達障害医学を専門とする関さんならではの手法だ。
「漢字読みの2つの難しさは、ちゃんと分けて評価できそうだなというのが仮説モデルの研究で確実になった点です。脳機能で診ても2つの難しさを処理する部分は確実に違っていましたから。単に難しい、ではなく、どっちのタイプで難しいのか区別することが効果的な指導法につながるはずです」。
語彙力が弱いのなら語彙力をつける指導を、パターン学習能力が弱いのならそこを訓練する指導をする、というわけだ。
「留学生の結果がすごく面白かったですね。留学生の子達はパターン学習の能力は高く、語彙を知らないだけなので、一貫性の高い漢字は結構読めるんです」。
また留学生は、日本人ならば語彙経路で読むはずの親密度の高い漢字(言葉としてよく知っている、見慣れた漢字)も非語彙経路を使って読むことが多いとわかり、非語彙経路を使う読み能力が高いとわかった。
強い力を使うべきか 弱い力を鍛えるべきか
その後、この仮説モデルを基盤に小中学生用の漢字読み検査を作成。小学校5年生と6年生の基準値を出して、現在も支援に活用しているそうだ。が、「漢字読みの指導法はいまだに課題です」と関さんはいう。
というのも、ディスレクシアの子どもたちの傾向として、どんなに一貫性が高い漢字でも非常に意味に頼った読み方をしているのだそうだ。「経理」が読めるかどうかは経理という言葉の意味を知っているかどうかにかかる。この字はケイと読む、この字はリと読む、だから「ケイリ」だろうと推測するのが苦手。「運動」も「自転車」も読めるのに運動の「運」と自転車の「転」を組みあわせた「運転」が読めない、つまり応用が利かないのだ。
「海外でも議論しましたが、強いほう(語彙力)を使うべきか弱いほう(パターン学習能力)を鍛えるべきか、結論は出ていません。読めない結果として語彙力が低くなることもあるので、中学生ぐらいになると両方とも低い子もいますが、ルールを用いて読むのは難しがるんですよねぇ。じゃぁ意味を全て丸ごと教えて読めるようにしていけばいいのか...言葉の数を想像すると果てしないですよね。やはりルール(パターン)を教えるべきではないか、いや苦手な方を教えるのはちょっと...。どちらが彼らにとって、よりやり易いのか、まだ見えてこないところです。ただ低学年のうちは、語彙を教える方がうまくいく感じはしています」。
とはいえ、語彙的な配慮のない教材がいまだに使われている現状もあるようだ。
「たとえば漢字ドリルです。3年生で習う「面」だったと思うんですけど、面の字を使った単語例が「三面鏡」なんです。三面鏡って見たこともないし意味も知らないけれど、テストに出るから子どもたちは何度も繰り返し練習をするんですよね」。
こういう気づきが、関さんたちがオリジナル教材を作る際の発想に役立っているのかもしれない。
脳の使われ方から指導法を探る
機能的MRIを用い、脳の賦活部位を見る研究はその後どう進展しているのだろうか。「少しずつです、本当に少しずつですけど学生たちの力も借りながらやっています」。
脳神経学的な研究が進めば、いずれディスレクシアの子どもたちの脳機能を診ることで原因を特定できたり、原因はここだから具体的なトレーニングはこれがいいだろう、と結び付けられるようなところまで到達する可能性はあるのだろうか。
「この研究をやっている人間は皆そうしたいと思ってるんですけど、そんなに甘くはないこともよくわかっています(笑)。一人の子の結果でこの子はここに弱さがあると言えるほど検査レベルに精度がないんです。群で比べると確かにここは違うよね、とは言えるんですよ。でも健常児にもディスレクシア児にもバラつきがあって、個人のレベルで使える検査にはなっていないです。じゃあ、どうやったらいいのかは皆考えてはいるんですけど(笑)。世界的に成人でも子どもでも、そこまでのレベルには至っていません」。ただ、
「どうもこの課題をするときとこの課題をするときでは脳の使われ方が違うから、そこを意識して指導してみよう、そういう使い方はできます。漢字の語彙経路と非語彙経路もそうだし、平仮名も一文字一文字読んでいるときと、まとまりで読むときとは脳の使われる場所が違うという治験があるんです。だとしたら確実に違うステップなので、まずは一文字一文字の練習をきっちりとやって、ある程度出来るようになってから、まとまりを読む指導をしたらいいのではないか。脳の使われ方から指導の仕方を探るのに役立てています」。
鳥取から北海道へ広がるRTI モデル
実は関さんが研究助成を受ける以前から取り組んでいたのが、RTI(Response To Instruction)モデル【図2】を使った読字支援システム=「T式ひらがな音読支援」の確立だ。関さんが去年まで在籍していた鳥取大学地域学部では10年ほど前から継続的に、RTIモデルを附属小学校や協力校で試行、調査して成果を実証し、2014年度からは鳥取市内の全小学校の1年生を対象に実施している。
「今年で3年目に入りました。評判はすごくいいです。指導を受けた子どもたちは確実に読みの力が伸びるので、お母さん達も早くつまづきに気づけて良かったとか、先生たちも何を指導すればいいのかわからず困っていたりもするんですが、指導方法も併せて提供しているので喜ばれています。実施は文部科学省から県が補助金を取り、県から市が委託を受けて官学共同事業という形で行いました。今年で補助金はなくなりますが、市は続けていく方針のようです。県の方は他の市町村へも取り組みを広げていくことを考えているようです」。
特徴は、1年生全員に①RTIモデルを用いて音読の苦手な子どもを発見することと、②平仮名の音読指導を解読(デコーディング)指導と語彙指導の2段階方式で行うことの2点、非常にシンプルなシステムだ。隣県の松江市へも波及し、この春から札幌市近郊の2校で実施が決まったそうだ。
「結局ディスレクシアの子たちは残ってはいくんですが、2年生以降に個別の指導が必要になっても、自分だけ特別なことをさせられているとか、自尊心が傷つくようなことがなく指導がスタートできるんです。それまで皆と一緒に上達してきているので、指導に対してポジティブなイメージが持てるというメリットもあります」。
さらにグレーゾーンの子たちに早く気づいて対応できる利点もあるという。
「第Ⅰ、第Ⅱ段階までの子たちの中身を見ていくと、幼児期の教育をきちんと受けてこなかった子どもさん、家庭環境が安定していないお子さん、他の発達障害を合併しているお子さんもいらっしゃいます。なかにはお母さんが外国の出身で2つの国を行ったり来たりしながら育ってきたお子さんなどもいます」。
ディスレクシアの子たちに対する配慮は、外国から来た人たちへの配慮と共通する部分があると関さんはいう。教師にとっては自分のクラスの日本語を母国語としない子どもにどう対応するかという現状もあるようだ。そういう社会的背景ともリンクしながら「T式ひらがな音読支援」のようなシステムへの現場のニーズは増えてきているようだ。
「同じディスレクシア児であっても、4、5年生でディスレクシアと診断されてからこの指導を始めた場合よりも、このシステムで1年生から指導した子たちの方が、最終的な力の伸びがいいかどうか、が今後の課題だと思っています」。
カンファレンスを活かして子どもたちをみられる人を育てる
関さんは現在、人を育てることにも注力している。
北大大学院教育学研究院の支援室の大きな特徴は、支援希望のお子さんの個別事例に対し、月に一回、2時間の検討会(カンファレンス)を行っている点だ。医療機関従事者や大学院生、小学校の先生にも参加してもらい、ディスカッションをしながら一例ごとに具体的な支援計画を考えていく。カンファレンスでの学びや気づきをもとに、実際に教材を工夫しながら児童生徒の指導を行っていくが、サブ担当に大学院生をつけて指導教官と一緒に指導案を練り、実際の指導を経験させる。カンファレンスの場で学んだ人が、それぞれ自分の持ち場でキチンと子どもたちをみられるようなっていくことが目標だという。
「チームを組んでいる医療機関などから、LDとかディスレクシアという診断を受けた子のうち、私たちの教育活動への協力を承諾された方に来ていただいています。その子にどういう認知的な難しさがあるかを多方面から検査し、検査結果に基づいて支援の方向性を考え、実際に支援し、その方法がうまくいきそうだったらご家族や学校に説明をして、学校でも家庭でも同様のサポートを続けてもらうようにしています」。
実際、カンファレンスの様子も見学させて貰った。脳の働きからの検知、視覚機能からの検知など検査結果をそれぞれの専門担当者が報告。同時に形の処理能力や語彙力、記憶力など認知検査の結果も報告され、総合的に、なぜこの子は読むのがゆっくりなんだろう、なぜこの子は漢字を覚えるのが難しいんだろう...その子にとっての困難さの背景を丁寧に一例ずつディスカッションしながら支援の仕方を考えていき、最後に我こそは、と思う学生が自発的に支援担当を申し出る。また、前例で実践したことを報告し、うまくいっていない場合は、どうすればいいのか改善策を皆で考えたりもする。
「何例かやっていくうちに、こういうタイプのお子さんには共通した認知的つまづきがあるんだなってことが見えてくる。その抽出部分から新たな検査を作って支援の現場にフィードバックしていく、そういう双方向のやり方です。支援室にとどまるだけでなく、その中から共通で言えることがあれば、それはそれで発信していくのが研究の意義だと思っています」。
今年度、このカンファレスには14名の大学院生が参加してきた。広くLDや、その中でもディスレクシアに関わる研究や支援は、特別支援教育の中でこれから必要性も重要性も増す分野だと言えるのではないだろうか。
左から大学院生の岩田さんと後藤さん