児童教育実践に
ついての研究助成

研究紹介ファイル
No.22 茂木 成友氏

東北福祉大学 教育学部 教育学科 講師

聴覚障がい児への日記指導に着目
現場の先生方のヒントになる客観的データを提示していきたい

東北福祉大学 教育学部 教育学科 講師 茂木 成友氏

茂木さんは大学院生のころから聴覚障がい児の漢字の読み書き習得の様相について調査研究を行ってきた。インターネットの普及により、EメールやSNSなど「書き言葉」を使ったコミュニケーションが社会生活に欠かせなくなっている現代、タブレット端末やパーソナルコンピュータに正確に入力して漢字を使用する力は聴覚に障がいのある子どもたちにとっても必要不可欠だ。

茂木さんによれば、聴覚障がい児は漢字の読み書きに困難を示すことが先行研究によって報告されていたそうだ。しかし、具体的にどの程度の困難があるのか、困難を生じさせている要因は何か、は明らかにされていなかった。
「聴覚に障がいのある子どもたちが実際にどれくらい漢字を読んだり書いたりできるのかを調べてみようと助成研究に取り組みました。聴覚障がい児教育では言葉をとても丁寧に指導します。その中で漢字がどう指導されているかにも興味がありました」。

最初に茂木さんは、義務教育段階にある聴覚障がい児の漢字の読み書き習得の全般的な傾向を明らかにするため、全国調査を実施した。
調査対象は、全国の特別支援学校(聴覚障がい)50校の小学部・中学部に在籍し、学年対応の学習をする聴覚障がい児879名。

出題漢字は、総合初等教育研究所が2005年に健聴児を対象として実施した漢字力調査を参考に、小学校1学年から6学年の間に学習する漢字から選定。学年別の読み書きテストを作成、実施した。
「健聴児の成績と比較してみると、聴覚障がいのある子どもたちは『書き』は同程度にできるのに『読み』は遅れを示していたのです。一般的に、漢字は読むことができても書くのは難しいという印象があると思います。意外な結果でした」。【図1、図2】

さらに「書き」の誤答分析を行ったところ、聴覚障がい児と健聴児とでは過半数の漢字において正答率に有意な差がみられ、書き誤りやすい漢字が異なることがわかった。
「点数は同じだが正解と不正解の質が違う、これを同程度の成績とみていいのだろうか、と。聴覚障がい児と健聴児とでは漢字の書き習得の特徴が異なる可能性が示唆されたと考えました」。

【表1】A小学校3教室の英語授業中の騒音平均値㏈(LAeq)の記述統計量
【図1】学年別漢字の読みの正答率

【図1】学年別漢字の読みの正答率


【図2】学年別漢字の書きの正答率

【図2】学年別漢字の書きの正答率

漢字の読み習得に影響を及ぼす要因を漢字要因と認知要因の側面から調査・分析

聴覚障がい児は、なぜ漢字の読みが苦手なのか。書き誤る漢字の質が健聴児と異なるのはなぜなのか。
まず聴覚障がい児の読み習得を困難にする要因を検討するため、茂木さんは漢字要因*1 と認知要因*2 のふたつの側面からアプローチをすることにした。漢字要因を明らかにするため中学生の健聴児と聴覚障がい児を対象に漢字の読みテストを実施した。

*1 漢字要因:画数や読み方の多様さなど漢字そのものが持つ特徴
*2 認知要因:視覚記憶能力、発語明瞭度、言語発達など、聴覚障がい児の認知的な特徴

調査対象は、健聴児:A県内の中学校1~3年生/131名、聴覚障がい児:B県内の特別支援学校(聴覚障がい)中学部に在籍する41名。
出題漢字は、小学校で学習する漢字のみで構成された漢字二字熟語180語。選定には漢字が持つ特性のうち、字形的な複雑さ(画数)、意味的な難易度(心像性)、読み方の多様さ(一貫性)、などの指標を用いた。【表1】

【表1】出題漢字例

結果は、中学校段階の聴覚障がい児も、健聴児に比べて漢字の読み習得に遅れがみられることが明らかになった。さらに、漢字選定に用いた指標「画数」「心像性」「一貫性」と障がいの有無の4要因の関わりを分析した結果、聴覚障がい児は漢字特性のうち一貫性(読みの多様さ)に影響を受けて、漢字の読み習得が困難になる可能性が示唆された。【図3】

「画数が多いとか字の構造が複雑だとかいう要因はあまり関係なく、いろいろな読み方や特徴的な読み方がある、つまり一貫性が低い漢字が読みづらいことがわかりました」。
例えば「雨戸(あまど)」。「雨」は「雨具(あまぐ)」、「晴雨(せいう)」「秋雨(あきさめ)」など読み方が多様であり、「戸」も「戸締り(とじまり)」「一戸(いっこ)」「八戸(はちのへ)」といった特徴的な読み方がある。

さらに認知要因を明らかにするため、漢字テストを実施した中学生の聴覚障がい児のうち、小学校段階から一貫して聴覚口話による教育を受けた32名を対象に、聴力や音韻処理能力、字形・意味処理など認知的な調査を試みた。その結果、読み習得に影響を及ぼす認知要因には聴力、発語明瞭度、語彙力があることがわかった。
これらの調査結果をもとに茂木さんは「聴覚障がい児の読み習得に影響を及ぼす認知要因のモデル」を作成、読み習得に影響を及ぼす漢字要因は「一貫性の低さ」であり、認知要因は「聴力、発語明瞭度、語彙力」であることを明らかにした。【図4】

【図3】漢字の読みの正答率

【図3】漢字の読みの正答率


【図4】読み習得に影響を及ぼす認知要因のモデル(構造方程式モデリングに基づく)

【図4】読み習得に影響を及ぼす認知要因のモデル(構造方程式モデリングに基づく)

次に、書き誤りが多い漢字の質が健聴児とは異なる点を茂木さんは次のように考察した。

健聴児は間違いが少ないのに、聴覚障がい児に間違いの多かった漢字の具体例

「語彙の少なさに起因して『定価』という言葉を知らないために『価値』や『価格』『特価』の"価"がイメージできていない可能性があります。実際の誤答を見ても『家』や『化』などとりあえず『か』と読む漢字をあてて書いているケースが多い。普段の生活の中で聞き漏らしがあるぶん、推理する材料が聴覚障がい児は少ないのです。
次に読みの誤りで生じていた、聞こえにくさに起因した誤りです。例えば濁点や、拗音・促音など音韻的な読み誤りが書きにも影響していると考えられます。『尺八』の誤答例は半数以上が『百八』でした。『しゃく』と『ひゃく』の音の区別があいまいなため、それに基づいた書き誤りになっている可能性が極めて高い。音のあいまいさを持つお子さんの場合は、漢字の書きにも影響を与える可能性が示唆されたと思います」。
聞こえに関わる認知特性により質は異なるが、量的には健聴児と同等の書き成績を収めている聴覚障がい児。彼らの漢字の書き習得には、どのような特徴があるのだろうか。

日記指導に着目 漢字の書き習得の特徴を明らかにする

茂木さんが着目したのは、聴覚障がい児の学習の場で頻繁に用いられる日記だった。
「私も学生時代に教育実習で日記指導をさせてもらった経験があります。聴覚障がい児にとって、書く活動は日々の日記だろうと推察しました」。

そこで茂木さんは、小学校ないし特別支援学校(聴覚障がい)小学部に在籍する5名が6年間の在籍期間に書いた日記7,199日分を対象に、彼らの漢字の書き習得の縦断的な変化を分析した。【表2】

その結果、次のような傾向が明らかになった。

  • 全般的な傾向として、各学年で学習した漢字を着実に習得、使用している
  • 小学校1年生段階から未習漢字を使用している
  • 未習漢字の使用率は各学年で平均5%程度

さらに使用している未習漢字の特徴は、親せきや同級生の氏名、旅行先の地名や名所などであり、興味のある事柄や身近な事柄を表す漢字であれば、学校で未習であっても書きを習得していることがわかった。
「ゲームが好きなお子さんだと、『〇〇姫』とか『〇〇の鎧』といった単語を日記に漢字で書いているのです。日記に書く必要がなければ眺めて終わりかもしれませんが、聴覚障がい児は日々の体験を日記に書くことを通じて漢字を書く機会が多く、興味関心のある言葉の漢字を習得しているのではないかと考えました」。

【表2】C児が日記に書いた学年別使用漢字数

日記指導において漢字はどう指導されているのか

聴覚障がい児の漢字の書き習得の特徴をみる目的で日記に着目した茂木さんだったが、実際に膨大な量の日記を目の当たりにして気づいたのが、教員によるきめ細かな添削指導だ。
「先生が実にいろいろなことを書き込んでいるのです。漢字指導についても、この漢字はまだ習っていないけどこう書くんだよ、と非常に丁寧に教えている先生もいました」。

続けて、「私は最初、日記指導はコメントを書く指導だと思っていました。頑張ったねとか良かったねと共感したり励ましたりする。しかし、それだけではなかったのです」。

書く内容を教員が指示する場合があり、「クラスの子どもにとって印象的な出来事があった場合、今日の3時間目のこの出来事をみんな日記に書いてみよう、と日記の内容の題材を提供し、その時に出てきた言葉や感情を共有していく。さらに書いたものを子どもと一緒に読み込んで話し込む時間も取られているそうです。"なぜ今日はこのことを書いたの? " "楽しかったから " "何が楽しかったの? "と尋ねられ一生懸命に考えながら答えていくうちに子どもが新しい言葉を習得していく。日記という学習教材の汎用性に非常に興味を持ちました」。

そこで継続助成では日記分析を発展させ、日記や通常の国語科の授業において教員が聴覚障がい児にどのような漢字指導をしているかを調査した。
調査対象は、関東・東北地方4県の特別支援学校(聴覚障がい)小学部・中学部で15年以上の指導経験を持つ教員10名。調査方法は、1時間半から2時間程度の半構造化面接を行って聞きとりを実施した。国語科指導(集団・個別)と日記指導における漢字指導の工夫点は次の事項が指摘された。

国語科集団指導における工夫点

  • 生活に身近な事柄を表す漢字を教える(3 名)
  • 字義的に誤解しやすい語彙の指導と組み合わせる
  • 熟字訓など、自然には学習しにくい漢字熟語を教える

国語科個別指導における工夫点

  • 学年を問わず漢字の細やかな指導を行う(3名)
  • 漢字指導は語彙の指導と関連付けて行う(2名)

日記指導における工夫点

  • 既習漢字の定着を促すことを目的とし、教員自身は未習漢字は用いない(6名)
  • 未習漢字でも教員が積極的に使用する(4 名)

聞きとり調査の結果を検討し、茂木さんは、①国語科指導の場よりも日記指導において漢字指導が重点的に行われている、②日記指導は文字によるやり取りのため漢字指導がしやすく未習漢字であっても個別の児童の興味に応じて提示し学習のきっかけに用いているケースもある、といった傾向や特徴を明らかにし、「日記指導は漢字の指導に適している」と考察した。

同一聴覚障がい児の2年生と5年生の時の日記。指導教員は異なる。

同一聴覚障がい児の2年生と5年生の時の日記。指導教員は異なる。

ベテラン教員による日記指導の実態

茂木さんが収集した日記は、貴重な国語史料でもある。
「2007年に特別支援教育の仕組みが変わり、聴覚障がい児教育一筋という教員が存在しにくくなっている現状があります。私が聞きとりをお願いした2016年当時で、15年以上聴覚支援学校に勤務している先生方は希少な存在でした」。

ベテラン教員の経験知を収集できる最後のタイミングだったとも言える。茂木さんは、日記における漢字指導の様相を明らかにするため、聞きとり調査を行ったベテラン教員のうち3名が、実際に指導をした4名の聴覚障がい児が書いた日記3,989日分を対象に、量的・質的側面から分析を行った。日記指導においては全ての教員が " 受容 "や " 興味 "といった肯定的なコメントを多く用い、やる気を引き出すよう工夫していることがわかった。【図5、表3】
漢字指導においては、漢字の書き誤りのうち全数の7割程度について教員が訂正等の指導を行っており、漢字指導の7割程度が「漢字変換」=平仮名で書かれた単語を漢字で書き直させる指導であることが明らかになった。既習漢字の定着を図るため教員が積極的に「漢字変換」をさせていることが示された。【表4】

【図5】結果(児童別の使用語彙)

【図5】結果(児童別の使用語彙)

【表3】日記指導コメントの分類 【表4】漢字指導の分類

一方、教員によって指導方針や方法が大きく異なることも明らかになった。聞きとりや日記から得られたベテラン教員の指導の様相を茂木さんは次のように話す。
「方法論は先生お一人おひとりで違っていました。日記で日本語を教えるんだと熱量を持って指導をする先生もいれば、修正は最小限にとどめて日記は子どもたちとのやり取りのきっかけに使えればいいという位置づけの先生もいました」。

ある教員は、まるまる日記の書き直しをさせることもあったそうだ。
「この日の日記は書き間違いが多いので、もう一度書きなさい。間違っている箇所は先生が直してあるから、と。漢字の間違いだけでなく、"てにをは"や言い回しにも訂正が入ります。
年齢にふさわしい表現の仕方というのでしょうか、『お葬式に行きました。楽しかったです』だと、お葬式は楽しいという言い回しがなじまないから別の言い方がないかな、など文章の添削指導もあるのです」。
また別の教員の場合、非常にあっさりしたコメントだけで終わらせている日記があり、その理由を尋ねると、 「この子は言葉が十分育っているので、ちゃんと読んだよという共感で良いとの回答でした。先生方のタイプもありますが、どのタイプの先生も子どもの発達段階に応じて強弱をつけた指導をされていることが見えてきました」。【表5、表6】

【表5】D児への指導(低学年時)日記指導コメントの分類 指導教員③ 【表6】D児への指導(高学年時)日記指導コメントの分類 指導教員①

指導には十人十色の正解がある 先生たちのディスカッションのきっかけに

ベテラン教員への聞きとりでは「日記指導は、一般的に児童と担任教員との間でやり取りされるものであり、ほかの教員と共有する機会はなく、教員相互に学習する機会も得難い」という意見もみられたという。
継続助成後の展望として茂木さんは、日記指導の特徴や日記指導中の漢字指導の特徴を、ベテラン教員による指導実践の一例として公開するとともに、ベテラン教員の実践を類型化・体系化し、聴覚障がい児教育に携わる教員に、漢字指導・日記指導に関する具体的な指導例や知見を提供できるようにしたい、と考えていたが、 「個人情報の問題で日記の公開そのものが困難でした。〇〇公園に遊びに行きました、と書いてあると居住地がわかってしまいますから。残念でしたね」。

ベテラン教員の実践の類型化・体系化、具体的な指導例の提供についてはどうだろう。
「研修を実施していく中で気づいたのですが、日記を書いた子どものことをよく知らないまま指導法の説明を聞いても、現場の先生方に響いていないと感じました。むしろ、研修の場で一番ベテランのA先生に最近の指導の様子はどうですかと水を向けて話をしてもらうと、話を聞いている先生方が全員、B君の指導の話だとわかり、A先生の指導のイメージを共有しながら意見やアイディアを出し合い、互いに学べる環境になるのだと実感しました」。続けて、「こういう指導法がいいですよと提示しても、先生の指導スタイルも違う、子どもの発達段階も違いますから正解は十人十色です。先生どうしでディスカッションを深めてもらう呼び水として"こういう指導がありました"と客観的な知見だけをポンと先生方に投げ、そこから先生方が目の前の子どもの具体的な指導に落とし込んでいってくれる、そのほうが先生方を導いていけるのかなと思い、現在は先生方が情報交換のタイミングを作るきっかけとして、助成研究で得た知見を活用しています」。

最後に、茂木さんの今後の展望についてうかがった。
「最初の助成研究で取り組んだ、聴覚障がい児が漢字の読みに困難を示す認知的要因をもう少し深めたいと思っています。人工内耳が普及し、以前より音が聞こえるようになってきている状況があります。私が調査した2012年頃だと人工内耳をしている子は2割くらいでしたが、現在は聴覚支援学校の子どもの40%近くが人工内耳を使用しているようです。そうすると、人工内耳を付けた子どもたちの特徴が出てくる。そこの調査をし、これからも現場の先生方の役に立つ客観的データを提供していきたいと思っています」。

茂木 成友氏

「研究助成に採択されたことは、院を修了したばかりの私の自信になりました。報告会をきっかけにほかの研究者の方々と横のつながりができ、一緒に研究しませんかという話になったのも有難かったですね。コロナでその後のコンタクトがとれないのが非常に残念です」と語る茂木さん。(東北福祉大学 国見キャンパスにて)

  • vol.10 聴覚障がい児への言語習得支援
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