コラム

Vol.111

by ひきたよしあき 2024.09.17

躾のコトダマ

「身を美しくする」と書くと「躾」という字になります。
礼儀作法を教え込むという意味ですが、このコラムでは

決められたルールを守り、習慣化すること

と定義を広くして話を進めていきます。

私も両親から様々なことを躾けられました。礼儀作法や身だしなみの 多くは、幼い頃に教えられ、習慣化したものです。

その中で、私が今になって「ありがたい」と思う躾があります。

それは、「明日の準備」です。
寝る前に、必ずランドセルの中のものを全部出す。
そして、翌日必要なものだけを入れる。
もっていかないものは所定の位置に戻す。
いらないプリントや紙屑のようなものは捨てる。
筆箱を開けて、丸くなった鉛筆を削り、長いものから 順番に並べていれる。

私はこれを、小学校に入る直前に母から教わりました。
何も知らない私は、「学校に行くときは誰もがこうするものだ」
と思って覚えました。
みんなが、こんなことをやらないと知ったのは、4年生くらいに なってからです。

「明日の準備」をする間、いやでも「明日は何をするんだっけ?」
と考えます。

「あぁ、体育は跳び箱だ。いやだなぁ、また5段が飛べないのかなぁ」
「しまった!漢字の小テストだった!明日の朝、やろう」

なんて考える。
このちょっとした習慣が、私の人生をかなりスムーズにしてくれました。

「明日の準備」のために、カバンから今日の荷物を全てだす。

これは今でも、ずっと続けています。やらないと気持ちが悪いので、 調子が悪いときも、時間がない時も、必ずやっている。
もっていく書類の分量に合わせて、カバンを変えることも しょっちゅうです。

母の躾が功を奏したのか。
今の私は「明日の準備」をかなり念入りにする人間になりました。
事務所での仕事が終わる。帰るときには、必ず使ったものを所定の 位置に戻し、明日必要な書類を机に出します。
簡単に掃除機をかけ、ソファを直し、トイレを掃除してから 事務所をあとにする。
よほどのことがない限り、このルーティンを崩すことは ありません。こうした躾をしてくれた母には感謝しかありません。

よく「目の前1メートルの景色は、心の中の状態と同じ」と言われます。
机の上が散乱していれば、同じように心も散乱している。
パソコンの画面やメールボックスも同じでしょう。取捨選択できないまま 残っているファイルやメールは、怠けた心、優柔不断な生活態度を 映し出しているのでしょう。

ものばかりではありません。
目の前にいる人、学校やオフィスなら、半径5メートル以内にいる人との 関係が、いいかげんだったり、言うのが億劫なことがあったりする。それは そのまま「心の景色」になっているのですね。
少しでも関係をよくするために、挨拶や会話をしておきたい。
帰るときには「明日の準備」と思って、気持ちよく挨拶をして席を立ちたい ものです。

「躾」のコトダマは、一生ものです。よい躾は、かたちを変えて、自分を 助けてくれます。
人の品格は、決められたルールを守り、習慣化された「躾」の数と質によって決まる。偏見かもしれませんが、私はこう信じています。

  • ひきたよしあき プロフィール

    作家・スピーチライター
    大阪芸術大学客員教授
    企業、行政、各種団体から全国の小中学校で「言葉」に関する研修、講義を行う。
    「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)、「人を追いつめる話し方、心をラクにする話し方」(日経BP)など著書多数。