Vol.100 |
2023.10.16 |
雑踏のコトダマ
小学校5年生のときに引っ越しをしました。
それまでは兄と勉強部屋がいっしょだったのですが、
これを機に私も部屋をもつことができました。
子どもながらに「一国一城の主人」になった気分です。
作ったプラモデルを飾り、好きなタレントのポスターを貼る。
本箱や机の配置を何度も変えて、自分に適した城づくりをめざしました。
自分の勉強部屋をもったのだから、さぞや勉強も捗るだろう。
私自身、そう思ったのですが、結果は逆でした。部屋にこもると
勉強よりもマンガを読みたくなる。ラジオもつけたくなる。
「疲れたので少し横になろう」と思ってベッドに寝転んだ瞬間、
深い眠りに落ちてしまう。
新しい小学校で、私の成績はみるみる落ちていきました。
私自身、自室だとどうも勉強がしにくいと感じていました。
あまりに恵まれて過ぎていて、逆に落ち着かないのです。
仕方なく私は、以前の家のとき同様に、リビングのテーブルで
勉強するようになりました。テレビはついているし、母が片付けものを
している音がする。自室より勉強がしにくい環境ではありますが、
私は、雑音の中で勉強する方が、むしろ集中できたのです。
何もかもお膳立ての整った環境は、思うほどに勉強が捗らない。
これは私に限ったことではないようです。フランスの詩人アナトール・
フランスは「私には騒音が必要だ」と言っています。同じく詩人の
ポール・ヴァレリーも「港のざわめきが詩作を助ける」と書き残して
います。
私は、中学、高校と進学しても自宅で勉強するよりも、近くにあった
図書館で勉強することが多かった。浪人したときは、予備校の合間に
いったファーストフードショップが、私の勉強部屋でした。
恵まれた環境よりも多少の支障がある方が勉強は捗る。
むしろ自分の部屋でないと集中できないようになってしまう方が
怖いです。電車の中、公園のベンチ、ファーストフードショップなど
雑踏の中でもすっと集中できる。どこでも勉強できる癖づけをすることで、
隙間時間が大幅に確保でき、どんな試験会場でも実力を発揮できるように
なるのです。
私は、「雑踏の神様」を味方につけることで、勉強量を確保できる
ようになりました。今も気が乗らなくなると、事務所の机を離れ、
ノートとボールペンをもって喫茶店に入ったり、デパートを彷徨ったり
しながら仕事をしています。
恵まれた環境か否かは、本人がそれをどう受け止めるかの問題です。
一見、勉強には適さないと思われる環境が、かえって勉強意欲をかきたてることを忘れないでくださいね。