コラム

Vol.87

by ひきたよしあき 2022.09.15

「夢のコトダマ」

西宮市甲子園球場の近くで生まれた
私の夢は、阪神タイガースの選手に
なることでした。

近所に、阪神の関係者がいて、
その人が、タイガースの野球帽を
プレゼントしてくれた。
それを被ると、俄然、夢に近づいた
ように思えました。

残念ながら、私には野球のセンスが
なかった。遠投できない。ワンバウンドの
ボールが怖い。高いフライは見失うばかり
でした。

さすがに「野球選手は無理だ」とわかった。
しかし、相変わらず野球好きだった私は、
プロ野球の実況の真似をするようになりました。

それを聞いていた父が、

「なかなかうまいもんだ」

と言ってくれたら有頂天。
私の夢は、一気にアナウンサーになりました。

残念なことに、この夢も破れた。

転校の多かった私は、なかなか友だちが
できませんでした。
押し黙る時間が長くなり、学校も休みがちに
なりました。

今のようにゲームやネットのない時代。
暇つぶしといえば、本でした。
日がな一日、読書をするうちに、
自分でも物語を書いてみたいと思った。

飼っていたインコが死んだこともあって、
大きな鳥がやってきて、羽根に乗せてくれる。
好きな街に行き、昔の友だちに会ったり、
知らない街を訪れたりする。たわいもない話
でしたが、これを先生が褒めてくれた。

「ほんとに鳥に乗っている気持ちに
なりました。次がどうなるのかを想像すると
ドキドキします」

先生が書いてくれた赤い字を眺めて、

「よし、小説家になろう」

と決心したのでした。

「夢」について考えると、
なんて行き当たりばったりだったのかと
思います。何かを見て好きになる。
誰かに褒められてやる気になる。
「偉人伝」にでてくるような熱い決意は
ありません。

「楽しい!やりたい!」
「褒められた!才能あるかも!」

この勘違いの連続で、人生を前へ前へと
進めてきました。

当時の私が、今の私をみたら驚くでしょう。
あれほど勉強嫌いだったのに、大学教授に
なっている。
アナウンサーではなく、教室で学生に
向けて話しているのです。
人生、何が起きるかわかりません。

生徒や学生から打ち明けられる悩みに、

「夢がありません。やりたいことが
わからないんです」

というものがあります。

「夢がない」と深刻に悩む彼らを
見ていると、

「天職を見つけて、生活を安定させる」

ことを「夢」と言っているように
聞こえます。真面目に、人生設計を
たてようとしています。

しかし、残念ながら夢は、計算したり、
設計できるものではありません。

自分の経験に照らして言えば、
夢は、それを想像すると嬉しくなって
ニンマリ、ニタ〜っとしてしまうもの。

そして、夢は、しょっちゅう変わって
いくものです。
もし私が、初志貫徹して、プロ野球
選手になっていたら、間違いなく不幸に
なっていたでしょう。

夢のコトダマは、揺れ動くもの、
変わっていくものなのです。

そして、夢は、最後の最後の日まで
追い求めていくものなのでしょう。

  • ひきたよしあき プロフィール

    作家・スピーチライター
    大阪芸術大学客員教授
    企業、行政、各種団体から全国の小中学校で「言葉」に関する研修、講義を行う。
    「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)、「人を追いつめる話し方、心をラクにする話し方」(日経BP)など著書多数。