Vol.86 |
2022.08.15 |
「孫先生のコトダマ」
老人ホームにいる母が、羨ましがることがあります。
入居している友人が、お孫さんにスマホの使い方を
習っていること。口数の少ない男の子ですが、結構
わかりやすく説明してくれるとか。トラブルも数秒で
解決するそうです。
「うちは、孫が関西だからねぇ」
と母はこぼす。
しかも、息子たちは、母にスマホの使い方を尋ねられると
面倒くさがったり、先延ばしにしてしまう。
「こんなのもできないのかよ!」
とイライラもします。
母は、何でも知っている存在。
そんな子ども時代の思いがあって、「知らない」ことに
素直になれない。その上、自分もスマホの扱いに
さほど詳しくない。うまく説明できない弱さもあります。
私はまさにこの心境です。
4月から大阪の大学で教え始めました。
昼時になると、研究室に学生がやってきて、
いっしょにご飯を食べています。
そこで、学生に何度かスマホの扱い方を教えて
もらいました。
特に、デジタルに弱いわけではないけれど、
学生の裏技的な使い方は知らない。
「こうした方が、早いですよ」
「このアプリ入れておくと便利ですよ」
「貸してください。すぐ直せます」
学生の誰もが、やさしく教えてくれます。
「やさしいなぁ」
というと、
「おじいちゃんには、やさしくしないと」
と言われました。
なるほど、母は、友だちと孫の
こういうやりとりを羨ましがっているんだな、
と知りました。
マーケティングアナリストの原田曜平さんは、
こうした若者たちを
「孫先生」
と呼んでいます。
「孫は祖父母にやさしく、祖父母は孫に
やさしいのが世の中の流れ」
(「Z世代に学ぶ超バズテク図鑑」PHP研究所)
確かに学生たちの作文を読んでも
祖父母のことは、みんな大好き。
つらいときに慰めてくれたり、お小遣いを
くれたりと助けてもらっている意識がとても
強いのです。
高齢者のデジタルリテラシーを底上げ
するのは、心優しい「孫先生」たちかも
しれません。
「孫先生のコトダマ」が、高齢者を癒し、
IT化を推進し、新しい消費と価値を生んでいく。
そう思うと、ワクワクしてきます。
ひとつだけ気になるのは、学生たちの
私を見つめる目。
「おじぃちゃんやからなぁ。できんでも
仕方ないわ。かわいそうやから、教えたるわ」
といった憐憫の情が、瞳の奥にある。
それにイラッとしながらも、スマホの上を
魔法使いのように軽やかに動かす彼らを眺め、
「老いては孫に従え」
などとつぶやき、先生の声に従っています。