コラム

Vol.35

by ひきたよしあき 2019.08.27

読書感想文のコトダマ

この夏、東京と大阪で読書感想文の
書き方を子どもたちに教えていました。

小学2年生から中学生までに
自分の好きな本を題材に300字の
作文を書いてもらう。
それも、その本を読んでもらいたい
人を想定して書いてもらいました。

始める前は、
「低学年の子に300字は無理かなぁ」
と思っていました。

ところが書いてみると、低学年の子は
サラサラと書いていく。途中で手を
あげて、

「もう一枚、紙をください」

と言うのです。

むしろ苦労したのは高学年。
書いては消し、書いては消しを
繰り返す。7割ほど書いたところで
鉛筆が止まる子が多かった。
制限時間をすぎて、休み時間を
使って書く子も大勢いました。

違いは何か。

低学年の多くは、「あらすじ」を
書いているのです。

「こういうお話だから、お母さん、
読んでみて」

その「こういうお話」の説明に、
紙が必要となるのです。

ところが高学年になるにつれ、
「あらすじ」の部分が少なくなる。

「私はこの考え方、この言葉に
感銘した。今、あなたはこんな状態だから
この本を読むと役に立つと思う」

ざっといえば、こういう書き方に
変わります。
あきらかに考えが深くなる。
だから鉛筆が進まないのです。

「トロッコ」について書いた子が
いました。彼は

「なんでも、できると思っている
人」に読んでもらいたいと書きました。

トロッコに乗りたいといえば乗れる。
なんでもやりたいことをやれる。
自分にはそれができると思っている
人に読んでもらいたいというのです。

自分がこういう考えで手痛い失敗を
したあとだったので書いたようでした。

これは芥川龍之介が、日清・日露
第一次世界大戦に勝ち、

「我々はもう一等国だ。なんでもできる。
ほしいものは手にいれられる」

と考える日本人が増えてきたことへの
警告として書いた物語でした。

しかし、作文を書いた彼はこんなことは
知りません。

知らないけれど、「トロッコ」を読み、
自分の体験と重ね合わせて、
芥川文学の核心を見事に突いた感想文を
書いたのでした。

「この本の面白さを誰かに伝えたい」

これが読書感想文に潜むコトダマ。

その思いを小説、歴史書、図鑑など
様々なジャンルの本を題材に書いて
くれた子どもたちに感服しました。

今や、読書感想文のサンプルが
ネットに出回り、それをコピペすれば
簡単に書いたフリのできる時代です。
だからこそ、熟読した人と読まなかった
人の違いがよくわかる。

作文を書く子どもたちの鉛筆の
音がカツカツと気持ちよく響く
教室で、そんなことを考えていました。

  • ひきたよしあき プロフィール

    作家・スピーチライター
    大阪芸術大学客員教授
    企業、行政、各種団体から全国の小中学校で「言葉」に関する研修、講義を行う。
    「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)、「人を追いつめる話し方、心をラクにする話し方」(日経BP)など著書多数。