児童教育実践に
ついての研究助成

研究紹介ファイル
No.14 櫻井 千穂氏

同志社大学 日本語・日本文化教育センター 准教授

めざすのは外国にルーツをもつ子どもたちの全人的発達
真に有益な支援方法を模索していきたい

櫻井 千穂氏読者の皆さんは、バイリンガル教育と聞 いてどんなイメージを思い浮かべるだろう。日本語と英語が完璧に使いこなせるようになるための言語教育、というふうに捉えている人が多いかもしれない。が、
「本来は、言語的マイノリティの子どもたち(日本の場合は日本語を母語としない子どもなど)が健やかな成長を遂げるためには、どのような教育環境を提供していけばいいのか、彼らの言語はもちろん、全人的に発達させていこうという考え方なのです。二言語環境の中で育つ彼らの言語の力を両 方とも失わせないことが彼らの全人的発達につながるという立場で、多角的な指導・支援方法を探求している分野です」。
日本では現在でも定着しているとは言い難いバイリンガル教育本来の考え方を基軸に、助成研究で「外国人児童生徒の日本語読解力育成」を目的とした基礎調査に取り組んだ櫻井さん。この調査結果はその後、共同研究者とともに開発した『対話型読書力評価』(2012年)へと発展し、さらに文部科 学省が日本語指導を必要とする児童生徒の言語能力を把握するために開発・発行した『外国人児童生徒のためのJSL対話型アセスメントDLA』(以下DLA)へつながっていると櫻井さんは言う。
「文科省の『日本語能力測定方法の開発』事業に推進委員として関わり、DLAの『読む』の領域を担当しました。同じ内容・やり方で日本語と母語、二言語の『話す・読む・書く・聴く』力を測定することができます。助成研究で収集した外国ルーツの子どもたちの読解力の実態を現す言語データ は本当に貴重でした」。
2014(平成26)年には外国人児童生徒に対する日本語教育をより充実させるために「特別の教育課程」(必要な日本語の指導を、在籍学級の教育課程の一部の時間に替えて、在籍学級以外の教室で行う教育の形態)の編成と実施が制度として位置づけられた。外国にルーツをもつ子どもたちへの日本語指導・教科学習指導の体制はある程度整ったかに見えるが、
「まだまだ手探り状態で支援にあたっている現場がほとんど」だと櫻井さんは言う。民間団体の最近の調査によれば、外国人が多く住んでいる地域の公立小学校では特別支援学級(特支学級)に通う外国人児童の割合が日本人児童の倍以上になっているという報告もある。特支学級が、日本語がで きないがゆえに発達的な困難を抱えてしまった子どもたちの受け皿になっている可能性が示唆されており、その原因には支援体制や個々の児童に適した指導が十分とは言えない現状が指摘されているようだ。
現在、櫻井さんは日本語指導に関わる教職員への研修やワークショップなどを通じてDLAの普及と活用に向けた活動を意欲的に行っている。もちろん、これまでにも現場と連携して外国ルーツの子どもたちに対するさまざまな実践的提案を行ってきた。助成研究当時、日本語支援を必要とする子 どもたちの教育環境に、櫻井さんはどんな課題を見ていたのだろうか。

外国人児童生徒のためのJSL対話型アセスメント DLA

『 外国人児童生徒のためのJSL対話型アセスメント DLA』(文部科学省:2014年)
JSL: Japanese as a Second Language DLA: Dialogic(対話型)Language(言語)Assessment(アセスメント)

外国にルーツをもつ子どもの二言語能力の実態を明らかにする

研究者になる前のことだが、南米スペイン語圏をルーツとする子どもたちのサポートに携わった経験のある櫻井さんは、学齢期に来日した彼らが、日本の学校教育環境の中で抱えざるを得ない多様な困難を目の当たりにしたという。また自身がフィールドとする関西圏の公立小中学校の現場の声として、日本で生まれた外国ルーツの子どもたちの学力の伸び悩みが取りざたされている現状を肌で感じていたともいう。先行研究では、学齢期の子どもの教科学習言語能力を高めるための基礎力は読解力=読みの力だと明らかにされており、外国ルーツの子どもたちの読解力の発達段階を見ることができる評価ツールを探したが、彼らの言語能力を二言語両方とも包括的に測定できるアセスメントが当時の日本にはなかった。
すでに海外のバイリンガル教育分野における研究では、母語の力が不十分な子どもの場合は第二言語の力も低迷してしまうという研究結果が世界各地で報告されていたそうだ。また学齢期途中で移民した1世の子どもだけでなく、現地で生まれた2世の子どもとネイティブの子どもとの読解力にかなりの差が生じていると指摘する調査結果もあったという。
「日常会話レベルの日本語はさほど問題がないのに、学習面でつまづいている外国ルーツの子どもたちに有益な指導方法を構築するためには、彼らの言語能力を母語も含めて包括的に評価することが必須です。が、それ以前に、評価の前提となる基礎調査、特に学習の基礎と言われている読みの力の実態調査は当時ほとんど手がつけられていない状況だったのです」。

日本で生まれ育っているのに日本語読解力が弱いのはなぜ?

そこで櫻井さんは①外国人児童生徒の読解力の実態を解明する ②その実態を読書環境・言語環境との関連の中で考察する ③母語と日本語の二言語の関わりを分析し指導に対する具体的提言を行う、の3点を目的として、まず、日本生まれの中国語母語児童(NSC:Native Speaker of Chinese)63名を対象に、彼らの日本語読解力調査を実施した。また①と②に関しては調査結果を客観的に考察するため、日本語母語児童(NSJ:Native Speaker of Japanese)92名にも同様の調査を実施した。NSCは全児童、NSJは学年の読解力レベルを代表するよう配慮し、クラス担任が選出した。
読解力評価には、英語と日本語の二言語で独自のバイリンガル教育を実践している学校で開発されたアセスメントを援用した。このツールは英語圏で実績を持つ多読プログラム用アセスメントを参考に開発されたもので、子どもとテスターが1対1で行うインタビュー方式である点が特徴だ。子どもに年齢相応のテキストを何冊か示して選ばせ、音読か黙読が終わったらテキストの理解度を測るため「このお話を初めて聞く人にわかるようにお話ししてください」と指示してあらすじ再生(retelling)を促し、終了したらその子の再生内容に応じた質問をしたり物語の解釈をたずねたりする。この間のやりとりをすべて録音して発話データを収集し、さらに文字化して評価を行った結果が【表1】だ。

学年相応レベルの読解力が身についていると判断された児童の割合

【表1】学年相応レベルの読解力が身についていると判断された児童の割合

協力を得たNSCとNSJは同じ学区内にある公立の小学校に通っている。同じように日本で生まれ、同じ地域に住み、同じ地域の幼稚園や保育園に通い、同じような学校教育を受けているにもかかわらず、NSCとNSJの結果に表のような差が生じたのは、どういう環境要因があるからなのか。インタビュー調査では子どもたちの読書習慣や家庭での言語環境についても質問して回答を得ており、それらの質的な結果をもとに櫻井さんは次のように考察した。

〈読書環境について〉

  • NSCのうち中国語の本が読める児童はひとりもおらず、多数のNSCが家庭に中国語の本が一冊もないと回答した。
  • NSCは低学年では本が好きな児童が多いが、学年が上がるにつれ読書が好きでなくなる児童が増える傾向があった。
  • 低学年のNSJの多くは親による読み聞かせの経験があり、幼稚園・保育園のうちに絵本を読めるようになっていたが、NSCは日本語でも中国語でも読み聞かせの経験はほとんどなく、一人で読む児童がほとんどだった。


〈読書の質について〉

  • 本を「よく読む」と答えたNSCが何を読んでいるかの中身を見てみると、幼稚園のときにもらった絵本・マンガやゲームの本(3年生)、絵本や低学年レベルの物語(4年生)、学校の教科書、といった回答があり、年齢相応の読書の質とは言えないケースがあった。


考察 学年が上がるにつれてNSCの読書離れの悪循環が示唆された。また学年相応の読解力を身につけるためには読書の量だけでなく質のコントロールが重要なこともわかった。


〈言語環境について〉

  • NSCは全員が日本生まれで日本語が強い言語であり、日常会話レベルでの日本語は流暢である。
  • NSCの保護者は全員、中国語が強い言語であり、日常生活の中でほとんど中国語か、日本語と中国語を混在して使用している。
  • NSCが家庭で保護者と話すときは①中国語のみを使う ②中国語と日本語の両方を使う・中国語を使うよう努力する ③日本語のみを使う、の3つのグループに分かれた。
  • ①と②のグループのうち家庭で保護者とよく話すと言ったNSCのほうが、話さない子どもに比べて読解力評価の結果が学年相応レベルの児童が多かった。

考察 NSCにとっては弱い言語=中国語であっても、内容の豊かなコミュニケーション環境があれば読解力伸長に有益である可能性がある。
また、NSJは就学前にひらがなの読み書きを習得しているのに対し、NSCは小学校に入ってからひらがなを覚えた子どもが多いこともわかったそうだ。
「この結果から、たとえ日本で生まれ育っていても家庭では中国語、学校では日本語という二言語環境の中で生育しているNSCに対しては、日本語を母語とする子どもとは異なった指導方法が必要だということが示唆されたと思います」。
さらに先行研究によれば、日本生まれや幼少期来日の外国ルーツ児で、第一言語が現地語に入れ替わった場合には母語をほとんど失ってしまうケースも多く、両言語とも伸び悩む傾向があるという。そうなると親子のコミュニケーションも質的・量的に下がり、結果としてアイデンティティの確立にもマイナスの影響があるとされているそうだ。
「母語を失ってしまうと、成長に伴って親から与えられる知識なども得ることができなくなってしまい、子どもの発達にとっては非常に大きな損失です。見かたによってはふたつの言語と文化という豊潤な背景を持っているにも関わらず、彼らの言語的・文化的土壌は、NSJに比べて育ちにくく痩せやすい環境にあることが浮き彫りになりました」。

大学では、留学生を対象に日本語と日本の文化を教えている。
大学では、留学生を対象に日本語と日本の文化を教えている。学生はビジネス会話で丁寧語と謙譲語について学んでいた。

子どもの談話、自然発生的な言語データから明らかになるもの

日本で生まれ育っていても、外国ルーツの子どもたちが日本語読解力の獲得に困難を示している現状を示した櫻井さんだが、助成後、研究の方向性をバイリンガル児童生徒の「二言語の読書力」に絞り、日本の学校環境の中で彼らを指導していく際の指針となる読書力の発達段階指標を提示することをテーマの中心に据えた。助成研究の大きな成果は、「読書力」=「読み手が文化的道具である本の意味内容に関わる力」を包括的に「予測」できる【資料1】のような自然発生的な言語データを大量に収集できたことだという。
助成研究ではNSC、NSJだけでなく、日本国内の複数の小中学校に在籍するスペイン語母語児童生徒(Native Speaker of Span- ish : NSS)52名の二言語データも収集し、これらの分析から得られた知見がDLAにもつながっているそうだ。
「いろんな要素が絡み合って発せられるその子の言語の実態をそのまま談話レベルで収集したかったのです。ふたつの言語の状 況がその子の中でどう絡み合っているのかを多角的に見ていくことで、ひとり一人に合った具体的な支援の方法=何をどちらの言語でどのように学習させ指導していくかが提示できるようになります」。
たとえば小学校低学年にあらすじ再生をさせると、NSJの場合は同じ内容を繰り返しながらでも、なんとかひとりで最初から最後まで話すことができるそうだ。しかし、【資料1】の小学1年生のNSCのあらすじ再生データを見てみると、テスターの助けを借りないと完結させることができない状況であることがわかる。
「この子は『郵便箱(ポスト)』や『ゴミ捨て場』という語彙が出てこないので、日本語の語彙力をつけるのも指導のひとつだと考えられます。が、日本語の語彙を増やせば誰でもあらすじ再生ができるようになるわけではないのです。日常会話レベルでは問題がなくても、あらすじ再生が発達段階の途中で、まったくできない子もいます。『何してたかな?』『家作った』『誰が家作ったの?』『お父さん』というふうに一問一答でしか再生ができない子がいるのです。お話の内容はわかっているのです。聞けば答えられます。でも一問一答の型でしか話せない。こういうタイプの子は語彙力が足りないから再生ができないのではなく、お話を時系列でとらえ、段落構成して話すという言語行為そのものが発達途中にあるのです。NSC、NSSの1年生のほとんどがこのタイプでした。こういう子は、もうひとつの言語でも一問一答でしか答えられません。談話レベルのデータからはその子の認知面を含む発達の段階まで見えてくるのです」。
助成研究の考察結果「NSCにとっては弱い言語であっても、内容の豊かなコミュニケーション環境があれば読解力伸長に有益である可能性がある」という結果についても、家庭での言語活動の質と量がその子の認知的発達を促した可能性は十分にあり、実際、その子どもはインタビュー調査中の受け答えの語彙が豊富で想像力や発想力が豊かな印象が見取れたという。
NSJにしても最初からあらすじ再生ができるわけではなく、家庭で母親などと「今日は保育園で何して遊んだの?」「えっとね...」というような言語活動をたくさん積み重ねてきた結果なのだと櫻井さんは言う。
「要は会話も読書も接触の量と質がNSJに比べて少ない(低い)のです。DLAを使えば具体的にその子の言語環境がどのようであるかを二言語ともに測定することができるのです」。

【資料1】就学前レベルのテキスト(絵本)を読んでC判定を得たNSC107のあらすじ再生の一部

【資料1】就学前レベルのテキスト(絵本)を読んでC判定を得たNSC107のあらすじ再生の一部

DLAは子どもには学びの機会になり、教師には気づきの機会になる

実際にDLAを使う際は、最初に「語彙カード」を見せて答えさせるが【参照1】、 「ひとつの語彙を知らないことはそれほど問題ではありません。子どもの回答や様子を観察しながらその子の言語環境を予測するためのアセスメントなのです。目は知っているがまつ毛は知らない、口は知っているが唇は知らない、ということは高頻度語彙は知っていても低頻度語彙は知らないのではないか、といった言語レベルを推測できるのです。そこから、どういう言語環境を与えればよいのか、その子に合った本を選んで一緒に繰り返し読むなどの指導計画へと結びつけることができます。

【参照1】DLA〈はじめの一歩〉語彙カード

【参照1】DLA〈はじめの一歩〉語彙カード

また『話す』の領域では【参照2】のようなカードを見せて何を表しているかを口頭で説明させるのですが、たとえば、母語で"大気汚染" "地球温暖化"の概念を獲得していて説明できる子は、滞日期間が短く日本語の語彙や文法の習得が不十分であっても、拙い日本語でその概念をなんとか説明しようとします。一方で、日本語の日常会話が流暢でも、この絵が表す概念が理解できず"木を切っている" "車がある"と個々の絵の説明だけをする子や、"(地球がマスクをしているのは)インフルエンザが流行っているから"などと答える子もいます。そういう子どもは母語でも同じようなことを答えます(もしくは、母語をほとんど失っていて何も答えられないこともあります)。DLAは、このように言語の力だけでなく、認知面の力、教科学習の知識も見て指導につなげようとしているのです」。
【参照2】DLA〈話す〉認知カード「環境問題」

【参照2】DLA〈話す〉認知カード「環境問題」

では現場ではDLAはどのように活用できるのだろう。
「まずは多読指導です。教科学習言語能力を伸ばすためには読書力育成に焦点を絞った多読が必須です。DLAでその子の読書力レベルや傾向を把握し、レベルにあった本をたくさん読ませます。読書への動機づけとしては本が読める時間や空間の確保も大事です。母語のほうになりますが中国ルーツの子どもたちのために中国語の本を置くスペースも作って母語保持と母語伸長に効果を出した例もあります。また、スクラップブック風の読書日誌を作ったり、読書マラソンの際に子どもが喜ぶシールを貼ったりといった実践も効果的でした」。
実際にDLAを使った現場の教師からの反響は「それまで気づかなかった、気づけなかったその子の一面に気づくことができた」という声が多いという。
アセスメントの語源はラテン語のassidēreで「横に座る」という意味だそうだ。DLAを実施する際、教師はその子ができたことを認め、褒め、「読めた」という達成感ややる気を引き出すのが何よりの教育的効果だという。
「子どもを信じることかな、と思います。認めてあげないと何も始まらない」。
かつて櫻井さんが所属していた研究グループがかかわった日本生まれのNSCの低学年女児Aは、
「1年生の時は日本語でも中国語でも十分に読むことができませんでした。日本語に対しては心理的距離もあったのですが、YouTubeの動画を見ながら中国語の文字を自然に習得していったのです。それがきっかけで、中国語の読む力が先に伸び、あとを追うように日本語の読む力も伸びていきました」。
やがて小5の時には中国語でも日本語でも年齢相応の読み物でかなり質の高いあらすじ再生ができるようになり「私は中国人やから中国語ができるのは当たり前やし、ここは日本やから日本語ができるのが当たり前」と言ったという。彼女は現在高校生となり「あなたは日本人? 中国人?」との問いに「私は人間」と答えたそうだ。
今後は読書力発達段階のステージ6~1【表2】をさらに精査し、もっと詳細な能力を測定できるようにしたい、子どもに読ませるテキストの量も増やし多様にしたいと展望を語る櫻井さんは、一貫してその子を中心にその子のいる環境を見るよう心掛けてきた。
「多くのことを子どもたちから学ばせてもらいました。本当に感謝しています」。

6-7歳(小学1年生)の読書力の発達段階

【表2】6-7歳(小学1年生)の読書力の発達段階(読書力ステップ試案)(櫻井さんの下記著書から抜粋)

『外国にルーツをもつ子どものバイリンガル読書力』
『外国にルーツをもつ子どものバイリンガル読書力』(櫻井千穂著 大阪大学出版会 2018年2月)は、櫻井さんのこれまでの研究の集大成といえる。
  • vol.6 日本語教育を考える
  • 研究紹介ファイルダウンロード

    この研究を掲載した冊子『研究紹介ファイル Vol.6』をPDFでダウンロードいただけます。