コラム

Vol.116

by ひきたよしあき 2025.02.17

「きもち」のコトダマ

「モヤモヤ」は、江戸時代からある古い言葉です。
しかし、急速に使われ出したのは、2013年ごろから。LINEが 急拡大した時期に付合します。また、2020年のコロナ禍を経て、チャットや リモートでのコミュニケーションが本格化する中で、多くの人が「モヤモヤする」という言葉を口にするようになったように感じます。

「モヤモヤする」 自分の思いが言葉にできなくて、もどかしい状態。

絵文字、スタンプ、動画など、自分の気持ちを伝える技術は発達するのに、うまく伝わらない。言葉で、伝えることができない。
技術の進歩とは裏腹に、「やばい」「うざい」「だるい」「かわいい」といった形容詞でしか語れなくなっている。
今の気持ちを言葉にすることができない。だから、モヤモヤする。
今の日本は、大人も子どもも、モヤモヤしながら暮らしているのではないでしょうか。

子どもたちに作文を教えていると、自分の思いを言葉にする力が落ちている ことをよく感じます。

「遠足に行って、うれしかった」

と書いている。「これ以上、書くことがない」と言って、鉛筆を握ろうとしません。確かに、遠足に言って、うれしかったのでしょうが、これだけでは自分の気持ちを伝えることができません。

ここで、みんなでいっしょに考えます。
「うれしい気持ち」「楽しい気持ち」を表す言葉を探していきます。

「遠足に行く前の日は、どんな気持ちだった?」

「嬉しかった」

「他には?」

「ドキドキした」

「うきうきしてた」

「眠れなかった」

「うかれてて、おかあさんに怒られた」

と、いろいろな「気持ちの言葉」がでてきます。

「じゃ、遠足から帰ったときは、どんな気持ちだった?」

「疲れた」

「ほっとした」

「気が抜けた」

「終わっちゃったなぁって感じ」

「まんぞく」

とまた言葉が出てきます。

「ほら、みんな、いっぱい気持ちを表す言葉を知っているじゃないか。 遠足の作文を書くときは、そのときどんな気持ちになったのか。 その気持ちを表す言葉を探していこう。すると「遠足にいって、うれしかった」 以上のものが書けるようになるよ。」

こうした授業を一度やるだけで、子どもたちの書くものは劇的に変わります。
「おまつり気分」とか「わきあいあい」なんて言葉を書いてくる子もいる。
作文が上手になることもさることながら、みんな「モヤモヤする気持ち」から抜け出して、晴れ晴れとした顔になります。

こうした「気持ちのコトダマ」を大切に考えることは、子どもだけでなく、私たち大人にも必要なことではないでしょうか。「モヤモヤする」と今の気持ちを 伝えるだけでなく、そのモヤモヤの正体を、掘り下げていく。スタンプや絵文字に逃げることをせず、あくまで「言葉」で考える。これは、子どもとのコミュニケーションにおいても大切なことだと思います。

モヤモヤした気持ちを、正確な言葉に置き換えていく。
大人も子どももこれに取り組んでいきたいものです。

  • ひきたよしあき プロフィール

    作家・スピーチライター
    大阪芸術大学客員教授
    企業、行政、各種団体から全国の小中学校で「言葉」に関する研修、講義を行う。
    「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)、「人を追いつめる話し方、心をラクにする話し方」(日経BP)など著書多数。