コラム

Vol.97

by ひきたよしあき 2023.07.19

「自然」のコトダマ

長野県上田市に行きました。

東京は、連日の猛暑。
東京ばかりか出張でいった大阪、京都、名古屋は、
街が溶けてしまうのではないかと思うほどでした。
地球温暖化は、間違いなく進んでいる。
そう思わざるをえない毎日です。

そんな中で訪れた上田市。
新幹線を降りたとたん、肌がひんやりと
しました。
地元の方に聞くと、

「今日は、暑い方です」

と笑います。

しかし、私の体は、

「しばらく、一息つける。少し落ち着ける」

と喜んでいるのがわかります。

私は、自然を求めて海や山に行く生活を
ほとんどしないまま生きてきました。
行ってもあまり楽しいと思えない。
虫に刺されたり、爪に土が入るのが
嫌だったりと些細な理由で避けてきました。

しかし、この年齢になると、
体が自然を求めるのでしょう。
その夜は、ここ数年で味わった経験が
ないほど、ゆっくり眠ることができました。

翌朝、地元の先生と戸隠神社を
参拝しました。
朝から小雨。少し寒いほどです。

神社は山の中にあり、参道は山道。
段差のある階段もある中を40分
かけてのぼります。

「面倒くさい。疲れる・・・」

とネガティブなことばかり頭に
浮かんでいたのに、実際に歩くと
気持ちがいい。

鳥のさえずり、川のせせらぎ、
木々を抜ける風の肌触り、
雲間から見える光の景色。

そんなものにつられて歩くうち、
あっという間に山頂です。

参拝して一休み。
小さなベンチに腰をかけて
汗を拭っていると、地元の先生が
リュックからお茶を出してくれました。

「この水、名水がでるところまで
汲みにいったんですよ」

一口、飲んだとたん、体中の
細胞が大喜び。
すみずみまで名水が行き渡る
のがわかります。

さらに、先生はタッパーを取り出して
キュウリのおつけものを勧めてくれました。

「売り物にならない小さなキュウリを
私がつけたんです」

塩加減といい、歯応えといい、
申し分がない。
汗で足りなくなった塩分を優しく
補ってくれるかのようでした。

真夏の山の風に吹かれて、
天然の水を飲み、もいだばかりの
キュウリを食べる。

自然のコトダマが
交響楽を演奏しているかの
ようでした。

夏に、自然の中を歩く。
これがどれほど贅沢なことか。
日頃、しょっちゅう気になるスマホを
触る気にすらならない。
自分が回復していくのが
手に取るようにわかりました。

夏休みです。
もし時間があれば、自然に触れて
ください。
遠くにいかなくてもいいです。
木陰に入る。花を眺める。
空の雲を追いかける。
そんな少しのことでも、
あなたの体は、大喜びすると思います。

しばらくは、勉強の手を休め、
ゲーム機を横に置き、自然の中に
身をおいてみよう。

心も体も、きっと軽くなるよ。

  • ひきたよしあき プロフィール

    作家・スピーチライター
    大阪芸術大学客員教授
    企業、行政、各種団体から全国の小中学校で「言葉」に関する研修、講義を行う。
    「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)、「人を追いつめる話し方、心をラクにする話し方」(日経BP)など著書多数。