Vol.92 |
2023.02.15 |
「かぎかっこ」のコトダマ
小学生向けの「親子作文教室」を
終えて、教室を出ようとしたところで
保護者のお母さんに呼び止められました。
「先生、うちの子の作文、見てください!
めちゃくちゃなんです!何が書いてあるのか
全然わからない。うちの子、集中力がないんです!」
とまくしたててくる。
その作文を読んでみました。
確かに3行と進まないうちに、話が飛ぶ。
思いついたことを、ただ書き殴っているのが
わかります。
「ここまでひどいと、どうやって教えれば
いいのかわからないんです」
と早口の語るお母さんの膝にへばりつくように
作文の作者がいました。
小学3年生の男の子です。涙ぐみながら私の顔を
見上げていました。
これは私の持論ですが、
作文には本来、うまいも下手もありません。
人間が、自分の思いを文字化する。
その行為に優劣はありません。
もちろん、文章には人に情報、事実、思いを
伝える役目があります。だからわかりやすい方が
いいのですが、この年齢ではまず、
自分の思いを文字化する楽しさを優先すべきだと
私は考えています。
この子の文章にもきっといい点がある。
そう思って読み進めると、光るものがあった。
明らかに彼の特長がよくでている箇所が
ありました。
「おばあちゃんと一緒に住まわれていますか?」
と尋ねると、お母さんは、不思議な顔をして
「はい」と答えます。
「この子は、おばあちゃんの声をよく聞いてますね。
このくらいの年齢だと、まだ人の声を文章で
書き分けることができない子がほとんどです。
でも、お子さんは、それができている。おばあちゃんの
話し方、声、特徴をよくつかんでいます。
構成力は確かにないかもしれない。
でも、この子は、人の言葉を正確に文章に起こすことが
できる。小説家やシナリオライターの才能の方が、
構成力より前に育っているんです」
こう言って、作文をお母さんに返すと、
貪るように読み返しています。
「あら、やだ。これくらい誰でも書けるのかと
思っていました。そうですねぇ、確かに
祖母の声がします。この子、おばあちゃん子だから」
と嬉しそう。
怒られるとばかり思っていた男の子の目に
「褒められた!」という光が宿っていました。
文章上達の道は、ひと様々。
論理的な構成力を身につけていく子、
絵画的な言葉のスケッチから上達していく子、
心の深くに眠る「自分の本当の気持ち」を
えぐりだす子もいれば、人の声、気質を
細やかに書き分けるところから文章がうまく
なる子もいます。
この子の場合は、カッコで括られる会話。
カギカッコのコトダマが、彼の文章には
ついているのです。
ひと月後、作文教室にこの親子が
再びきてくれました。
男の子の文章は、友だち、お母さん、
お父さん、おばあちゃんの会話を
ふんだんにいれたドラマの脚本のような
作文でした。
「面白いねぇ。みんなの声が聞こえるよ」
というとお母さんも満足げ。
「うちの子は作文が下手で・・・」と困った
顔をするどころか、息子の作文のできに
少し胸をはっているようでもありました。