コラム

Vol.73

by ひきたよしあき 2021.07.15

問題集のコトダマ

中学受験をめざしていた小学6年生の夏休み。
神戸まで夏期講習に通うことになりました。
電車にゆられて会場に入り、100人近い
受験生といっしょに学ぶ。なにもかも
はじめての経験で、オロオロするばかりです。

算数の授業の前に、問題集が配布されました。
市販のものに比べるとずいぶん薄い。
少し努力をすれば1週間ほどで終わって
しまう程度の分量です。

講師はこう言いました。

「この問題集を夏休みの間に3回やって
ください。解けた問題も解けなかった
問題も、飛ばすことなく3回やる。
ちゃんとやれば、秋から必ず成績があがります」

当時の私は、辞書のように分厚い問題集に
とりかかっていました。できればそれを早く
終わらせたかった。しかし、先生は薄い方を
3回やることを優先しろというのです。

「これだけを3回やるだけで、本当に実力が
つくのかな」

不安を抱えながら、その夜から問題集に
とりかかりました。

図形と文章題がほとんどでした。
一度はやったことがあるような問題です。
しかし、なかなか正解には至らない。
受験でよくいう「ひっかけ問題」が多かったのです。

間違えたところは解説を読んで理解する。
問題集の設問の横に星印をつけて正解
できたものと区別していく。
一回目はぴったり1週間で終わりました。

二回目は、一度やったのだから2日くらい
で終わるだろうと思いました。
しかし、間違った問題のところで

「あれ、どうするんだっけ?」

と同じようにひっかかります。
自分から答えを見出したのではなく、
答えの出し方を教えてもらった
レベルなので、記憶が消えてしまうと、
解けない自分に逆戻り。
今度は答えを「知る」だけではく、自分の力で
「解ける」ようにしました。

三回目は、さすがに全問正解するだろうと
思ったら、また間違う。呆れるような
ケアレスミスが続出し、二回目よりも
間違った数は多かったかもしれません。
舐めてかかっていました。

一回目で実力を知る。
二回目で、間違いを克服する力をつける。
三回目で、怠慢やおごりに気づく。

この講習では、こんなことを
気づかせたかったのかもしれません。

私にとって、夏休みに薄い問題集を
3回やれたことが大きな自信になりました。
夏休みに達成感を味わうことができました。

その後、大学受験のときも、
分厚い問題集には手をつけず、薄めの
問題集を繰り返してやりました。
英語の長文読解のために読む副読本も
サマセット・モームやピーター・ミルワード
などの短いコラムを繰り返し読みました。
今も新しい知識を仕入れるときは、薄くて
簡単な入門書を繰り返し読むようにしています。

問題集のコトダマは、一回やる程度では
姿を見せてはくれません。
繰り返すことで、だんだんと姿が現れ、
私たちに力を与えてくれるもの。
心がけ次第では強力なパワーを与えて
くれません。

この夏、仕事や勉強で成果をあげたい
あなた。ぜひ「繰り返し学習」に
チャレンジしてみてください。

  • ひきたよしあき プロフィール

    作家・スピーチライター
    大阪芸術大学客員教授
    企業、行政、各種団体から全国の小中学校で「言葉」に関する研修、講義を行う。
    「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)、「人を追いつめる話し方、心をラクにする話し方」(日経BP)など著書多数。