Vol.49 |
2020.03.23 |
読書のコトダマ
小学校5年生のときから文通している
女の子がいます。
今年、中学2年生になります。
私の生まれ育った西宮市に住んでいます。
「夕暮れの六甲山が好き」
と書くと、夕焼け空の六甲山を
マンションのベランダから撮影し、
プリントして送ってくれる。
そんな関係が続いていました。
彼女は中学入学と同時に文芸部に所属して、
お母さんといっしょに家の近くの
「谷崎潤一郎記念館」に足を運ぶ。
そんな生活をしているうちに、
字が整い、漢字が増え、表現力も
豊かになってきました。
この一年の成長は著しく、中でも
読書の感想は、大人をドキリとさせる
鋭い文言が混じるようになりました。
コロナウィルスを避けるため
学校が休校になった。
太宰治が好きな彼女に、
「暗い世相の今だから、太宰のユーモア小説を
読もう」
と「畜犬談」を推薦しました。
犬が怖くてしょうがない太宰治と犬との
関係を描いたおかしな小説です。
読み終えた彼女から早速、封書が届いた。
彼女がこの本をどう読んだかなと思ったら
こんな一文がありました。
「太宰が犬に好かれたということは、
本当は太宰自身も犬が好きなんじゃないかと
思いました。なぜなら子どもの好きな人に、
子どもが寄っていくように、犬の好きな人には
自然と犬が寄っていくからです」
核心をついています。
この小説は、「犬が嫌いだ、嫌いだ」という
太宰の言葉を読みながら、太宰の犬に対する
愛情をほのかに感じる。
嫌いだけど憎み切れない人間の感情を
巧みにとらえているからです。
「おかしい」とか「おもしろい」とか
「好きだ」とか「嫌いだ」とか、
そんなレベルの読後感を語る人が多い中、
彼女は、
「一見こう読み取れるが、実は・・・じゃないか」
という文面の裏に潜む気持ちをだんだんと読める
ようになってきています。
この書かれた文字の背後にある心情を読むところが
文学の楽しさなのです。
今回、コロナウィルスで学校が休校になって、
私は彼女のほかにも何通かの手紙を受けとって
います。
その多くは、読んだ本の感想が書かれていて、
その洞察力に驚くばかりです。
テレビを見ると、長い休みに子どもが飽き足り、
ゲーム漬けになっているところばかりが
クローズアップされている。
実際、そういう子どもが多いのでしょう。
しかし、読書のコトダマを手に入れた
少年、少女は違います。
休みの間に読書三昧。読解力をつけている。
こうした子どもが世の中には結構いることを
ご報告すると同時に、大人の私たちは
子どもの読書機会を増やすために
「何をすべきか」ということを、そろそろ真面目に
考える時期ではないでしょうか。
文学少年少女の次の手紙が楽しみです。