Vol.19 |
2018.12.25 |
初恋のコトダマ
遠足で、潮干狩りにいった
帰り道。
洋一君は、電車の中で
あぶら汗を流していた。
膝まで海水に浸っている
うちに冷えてしまった。
駅のトイレにいきたかったけど、
みんなに冷やかされるのがいやで
がまんした。
それがいけなかった。
だんだんと下腹が痛くなり、
ジンジンと痛みが攻めてくる。
お尻の穴をぎゅっと
締めているうちにだんだんと
気が遠くなり、
ついには漏らしてしまった。
みんなから離れて
車両の連結器のところに
座っているのを見つけたのは
担任の入谷先生だった。
先生は、今年赴任したばかり。
きれいでいい匂いがした。
だから、こんな姿を見られるのは
恥ずかしくてしょうがない。
膝をかかえて小さくなっていると
先生が、みんなに向かって声をあげた。
「みんな、ちょっと私の親戚に
用事があって、洋一くんといっしょに
次の駅でおります。あとの指示は
5組の山下先生に聞いてください」
そのタイミングが絶妙で、
みんなは洋一君の姿を追いかける
ことができないまま。
先生と洋一くんは、駅のホームを
駆けて消えた。
駅員さんに事情を話した先生は、
男子トイレについてきてくれて
洋一くんの半ズボンとパンツを下ろした。
駅員さんに借りてきたバスタオルで
下半身をくるむと、
「ちょっと待っていてね。
新しいの買ってくるから」
と言って消えた。
洋一くんは、駅員さんに連れられて
急病人を看護する部屋に入る。
冷房もない暑い部屋だけれど、
さっきまでお腹の痛かった洋一君には
ちょうどよかった。
先生は戻ってくると、
「洋一君の趣味とは違うかもしれないけれど」
と笑いながら、ブルーのパンツと体操用の
短パンを差し出す。
洋一君が恥ずかしそうに後ろを向いて
着替えていると、先生がまたいなくなった。
不安になって外にでると、
先生は、水道の蛇口から大量に水を
出して、洋一君のパンツとズボンを
洗っていた。
それを見て、洋一くんは、
もう恥ずかしいのやら、申し訳ないのやら
うれしいのやら、かなしいのやら、
情けないのやら、なんだかわからない
気持ちで顔を真っ赤にしていた。
「先生、なんで、こんなにしてくれるの?」
と入谷先生になるまで「先生」という
ものが好きになれなかった洋一くんは尋ねた。
すると、先生はカラッとした笑顔を向けて、
「え?だって、あなた、私の生徒でしょ」
と言った。
それからの時間は、ぼーっとして
覚えていない。
恥ずかしい話だけれど、先生と秘密の
約束ができたようなポカポカとした
うれしさがあった。
これが洋一君の初デート。
「え?だって、あなた、私の生徒でしょ」
は、洋一君の「初恋のコトダマ」になった。