コラム

Vol.115

by ひきたよしあき 2025.01.15

「記憶」のコトダマ

「都道府県の県庁所在地を、30秒以内に思い出せるだけ言ってください」

こんな質問をします。

「ええと、札幌、盛岡、青森、仙台、福島・・・」

と順調に都市名が浮かびます。
しかし、ふとした瞬間に、詰まる。思い出せなくなることがあるでしょう。

「う〜、宇都宮!前橋! あと、どこだっけ?」

と次がでてこない。頭が真っ白になる。すると、知っているのに口から都市名がでてこなくなります。

「あぁ〜、でてこない!だめだ!」

と、つい言ってしまう。

多くの人は、ここでゲームセット。「でてこない!」「ダメだ!」と言葉の白旗をあげた瞬間に、怠けものの脳みそは、

「はい、わかりました。もう思い出さなくていいのですね。では、ここで終了します」

と言って勝手に思い出すことをやめてしまいます。

それは、あなたが「でてこない!」「ダメだ!」と宣言したから。
脳みそは、その言葉を聞いて、ダメであることを証明しようとする。
負荷のかかる「思い出す」という作業をやめてしまうのです。

「だから、何かを思い出すときには安易に「ダメだ」「思い出せない」と否定の言葉を口にしてはいけません。思い出せなくて、イライラしても、脳みそがジンジンしても、否定の言葉を吐かない。
思い出せなくて、イライラ、ジンジンするもどかしさが、あなたの脳を鍛えているのです。怠けものの脳に働くことを促しているのですから」

昔、予備校の先生に言われた言葉を、私は大切に記憶しています。何かを思い出せないのはつらいこと。でも、そのつらさは、脳に対して、

「私は弱音を吐きませんからね。脳さんもしっかり最後まで働いてくださいよ」

と言いながら、脳を鍛える証拠なのです。

私は、「30秒でいろいろなものを思い出す」ことを自分の脳に強いています。

「好きなランチの店名を正確に10店思い出す」
「小学校5年生のクラスメートの名前を10人思い出す」
「花の名前を10、鳥の名前を10、世界の都市名を10、思い出す」

と暇な時間を見つけては、あれこれ思い出す。喉まででかかっているのに、言葉がでてこない。イライラ、ジンジンともどかしい。そういう気分にすることで、自分の脳みそを鍛えています。

予備校の先生は、しょっちゅうこう言っていました。

「覚えていないことは、思い出せない。
 思い出せないことは、ないのと同じ」

私にとっては、この言葉こそが「記憶のコトダマ」です。
自分の脳を鍛える最適な方法なのです。

記憶重視の教育は、「つめこみ教育」などと言われて否定されがちです。

しかし、私は、覚えることとその内容を声に出して語ることで脳は鍛えられ、読解力や判断力もついてくるものと確信しています。

この一年、「記憶のコトダマ」を大切にして
脳を鍛えてみませんか。

30秒のうちに、ヨーロッパの都市の名前、スポーツ競技名、お寿司のネタ、有名な画家の名前などなど、あれこれ思い出すことにチャレンジしてください。
脳みそが鍛えられ、いろいろな言葉が口からでてくるようになりますよ。

  • ひきたよしあき プロフィール

    作家・スピーチライター
    大阪芸術大学客員教授
    企業、行政、各種団体から全国の小中学校で「言葉」に関する研修、講義を行う。
    「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)、「人を追いつめる話し方、心をラクにする話し方」(日経BP)など著書多数。