研究紹介ファイル
No.12 涌水 理恵氏
「院内学級」は入院中の子どもの大切な場所
支援の受け手と担い手、双方向の視点で効果的な復学支援を
医療に携わる人たちも子どもの教育を支
える大切な役割を担っている
̶ 涌水さんの研究によって改めて気づかされる人は多いのではないだろうか。病気で長い間、入院生活を送らざるをえなくなった子どもやその家族にとって、治療の辛さや治るかど
うかの不安はもちろん、退院後の社会復帰̶ 子どもの場合は復学 ̶ への不安も大きいであろうことは想像に難くない。
入院中の子どもたちに対する教育の場として設けられているのが「院内学級」だ(p11参照)。ここで患児らは治療を受けながら勉強ができるわけだが、
「何が入院患児たちのQOL(Quality ofLife:生活の質)に深く関わっているかというと、日常生活から突然引き離され、病院という閉鎖空間にポーンと投げ込まれたことがいちばん辛いわけです。その中でひとつ彼らの救いになるのが、入院前の日常=学校生活の一部が『院内学級』という場で継続していることなのです。学ぶ環境がある、先生や仲間がいる環境があることは励みになりますし、通っていた学校の友達と同じことができているという安心感にもつながります」。
先行研究によれば、小児がんは治る確率が高くなってきた一方、退院後の復学に関わる課題が多く、支援ニーズが高いという。また、その課題は患児の年齢、「入院中」「退院前後」「復学後」といった時期によっても違いがあることが明らかにされているそうだ。さらに「院内学級」の教師や退院指導に関わる看護師らが抱える困難も報告されているという。
しかし、支援の受け手である患児とその家族、支援の担い手である教師や医療スタッフ、双方の視点から復学支援を考察した研究は当時なかった。
支援を受ける側・担う側、それぞれにどのような課題があり、その課題は「入院初期/中期/退院前/退院後/ 復学後」という時間経過とともにどう変化していくのか。それを明らかにすることが「臨床の場で実現可能性の高い、有意義な復学支援のあり方につながる」と考えた涌水さんは、まず、患児・母親、教育・医療スタッフ、支援の受け手と担い手それぞれの復学にまつわる体験や思い(※)を明らかにするためにインタビュー調査を行った【表1】。「入院初期」から「復学後」まで経時的に調査を実施し、振り返りでなくリアルタイムで当事者たちへの聞き取りを行ったのは涌水さんの研究の注目すべき点だ。
※:涌水さんの研究では「思い」を、「体験を通しておこる気持ちや考え、事にあたる態度や姿勢などを包括した、個人が感じる主観的な現実で、自覚されて言語で表現されたもの」と定義している。
【表1】対象の概要とインタビュー時期
支援の受け手と担い手復学に向けたそれぞれの思い
こうして得られた患児本人へのインタビュー内容を質的に分析して抽出【表2】し、同様のインタビューと分析を、母親、院内学級の教師、プライマリーナース(PNs=専任看護師)へも実施した。さらに、調査対象それぞれが語った体験や思いから取り出した「カテゴリー」を、入院から復学までの時間の流れに沿って示し【図1】、この思いの変化を読み解き考察した結果、次のようなことがわかった。
注:以下の結果と考察のうち【 】内はカテゴリー、《 》内はサブカテゴリー、〈 〉内はコード
- 患児と母親は、初期には【突然の発症による戸惑い】【入院生活に適応してきた実感】、入院中は【前籍校と繋がっていたいという思い】【勉強で友達から取り残されるのではないかという不安】、退院前後には【復学後、友達から受け入れられるかという不安】など、同じ時期に同じ思いを多く共有している。
- 入院初期の母親とPNs、支援の受け手と担い手で立場は違うが、母親=【治療最優先(復学は考えられない)】、PNs=【復学支援はまだ必要ないという認識】と、"まずは治療"という共通認識を持っている。
- 同じ支援の担い手であっても、教員は早い時期から【母親は前籍校とのメディエーター(仲介者)という認識】を母親に伝え、子どもの入院中の学習体制や復学基盤を整備しようという意向を持っている。
考察 「入院初期では、院内学級の教員から復学を見据えた支援が開始されていたが、病棟では復学を見据えた支援はあまり行われていなかった」という先行研究の知見と一致する結果が得られた。復学を見据えた教員の支援は【復学は考えられない】母親に次第に【将来的に児は前籍校に戻る(復学する)という認識】をもたらすが、初期には〈学校に行くのは正直つらかった〉母親もおり、前籍校とのやりとりの時期や方法については個別の対応の必要性も示唆された。
「意気揚々と学校へ出かけ、校長や教頭、保護者にも囲まれて臨床実験を行ったのですが、全く作動しませんでした。しっかりとまぶたを閉じる強いまばたきができる子なら、この方法で検出できたのですが、その時の子どもは筋力が非常に弱く、まぶたが半閉じのまばたきしかできなかったのです。半閉じのまばたきでは自然なまばたきか意識的なまばたきかの判別ができませんでした」。
- 【入院生活に適応してきた実感】を持つと、患児たちには【院内学級で勉強できることを「特別」に想う気持ち】が芽生える〈病院に来ても同じように勉強できるってうれしかった〉〈病棟から出て、先生や仲間たちとふつうに勉強できるのがうれしかった〉〈年間で様々なイベントがあったり、皆で制作を行うなどして、院内学級では特別な体験ができてうれしい〉。
- 入院中、ほとんどの母親が【治療と勉強の両立を見守る思いとジレンマ】を抱えている〈勉強の遅れが気になるが、治療中の辛そうな様子を見ていると、勉強をやれと強くは言えない〉。
考察 母親のネガティブな精神状況は子どもに影響することが知られているという。悩み揺れる母親への支援は母親のためだけでなく、母子関係、ひいては患児の精神状態を良好に保つためにも必要である。
- 教員は【院内学級で小児がん患児に勉強を教えることについて様々に交錯する思い】を抱いている《闘病によって児の勉強への意欲が失われてしまうことへの懸念》《少ない授業時間で学習進度をキープしなければならないプレッシャー》。
考察 教育スタッフの困難感、不安、プレッシャー、責任感などの現状が明らかになった。
- PNsは《復学支援をやるべきだが、やれてないという思い》《復学支援の仕方やタイミングがよくわからない》といった【復学支援へのジレンマ】をすでに入院中から抱えているケースもあり、〈病棟全体で復学という意識で関わっていない〉という語りもあった。
考察 復学支援が、病棟全体で行うものではなく、PNs個々人に任されている現状があるという新たな知見が得られた。
- 退院が決まると、母親、教員、PNsの三者はそれぞれ【復学に向けてイニシアチブをとって調整するという気持ち】を持つ。母親=《復学後の児への対応について前籍校と調整しなければという思い》、教員=《情報提供会議の開催をはじめ、復学に向けてイニシアチブをとって調整しているという認識》、PNs=〈復学支援会議開催前に、本人や家族から、児の復学後の生活について不安を聞き、一つ一つ確認をとっている〉。
考察 自分の担当すべき役割をそれぞれが自覚して調整しているという知見は、この研究で初めて明らかになった。
- 退院が決まると、患児は【漠然とした不安】を感じ、【前籍校での生活や先生・友達との再会を待ち望む気持ち】と同時に【復学後、友達から受け入れられるかという不安】や〈ドクターから様子見の指示(活動制限)が出ていても、みんなと一緒に行事(運動会、遠足、プールetc)に参加したいと思う〉という【活動制限と活動参加へのアンビバレントな思い】を抱いている。
【表2】 復学に向けた児の体験内容と思い
【図1】復学に向けた小児がん患児・母親・スタッフの体験と思いの変化
前籍校にもどりやすい環境づくりも大事な復学支援
以上のようなことから、「復学支援」には
①入院決定後~初期は前籍校とのやりとり②入院中は前籍校とのつながりを維持しながらの学習支援や母親のメンタル・ケア
③退院決定~復学までは母親、教育・医療スタッフが集まって調整会議、など幾つかの重要な局面があり、支援を担う教育・医療スタッフはこのプロセスを意識しながら、支援を受ける患児・母親の思いに寄り添ったサポートをする必要があると涌水さんは結論づけた。さらに、支援を担う立場の教員・医療スタッフが抱えている悩みやジレンマ、病棟や病院全体の支援体制の課題も解決していく必要があるという。続けて、
「患児が帰っていく学校の児童生徒への、小児がんとはなんぞやといった啓蒙も復学支援だと思っています」。
治療のため子どもたちは髪の毛が抜けたり、体形が大きく変わったりすることがある。また、体力や抵抗力が低下するので、体育の授業などは参加できない場合があったり、インフルエンザが流行る頃は外出ができない。退院後も通院治療が続くため学校を休むこともある。「そういうことを学校側がどう理解し、支援してくれるか。患児が戻りやすい環境づくりはとても大事です」。
さらに、前述のPNsの思いの中で、復学支援に関しては病棟で共通認識になっておらず個人の力量次第になっているという語りがヒアリングできたが、同様のことが前籍校の教師にもあてはまるのではと涌水さんは言う。
「この研究では調査対象になっていませんが、迎え入れる側の学校や教師の課題にも目を向けねばと思います。教員養成課程のある大学には、少数ではあるけれど、こういう思いをしながら学んでいる児童生徒がいること、退院後は普通の生活を送るだけでも大変なのに、遅れた分を背負いながら学習していかねばならない子がいるのだということを、教師を志す学生に知ってもらえるようなカリキュラムを、と願います」。
復学支援にも活きている「家族看護学」の視点へ
助成研究で得られた知見の中でも、母親や教育・医療スタッフへのサポートが、ひいては患児へのよりよい復学支援につながるという支援の視点は、涌水さんのライフワークである「家族看護学」の視点とクロスしている。
「家族看護学」とはどのようなものなのか、学生時代、日本で初めて創設された家族看護の教室(大学院)で学んだという涌水さんに解説してもらった。
「家族看護学は、家族を一つの単位とみなして家族そのものを看護の対象とします。あまり認知されていない学問領域かもしれませんが、病気の本人はもちろん家族も大変だよね、という実感はみなさんにわかってもらえるのではないでしょうか」。続けて、
「家族看護学でいう『家族』の定義は『家族員の問題(子どもの病気や障害、夫が糖尿病など)が引き金となって、援助を必要としている家族』ということになります。子どもや夫の看病をしつつ自分たちの生活をコントロールして日々を暮らしていかなければならない。そういう家族をひとつのまとまりとして援助していくのです」。
小児がんを患った児の家族の場合、罹患という衝撃を受けた後、きょうだいや家族を巻き込んだ深刻な危機に陥っているケースもあるといい、涌水さんの調査でも〈なんか、あの日からストップしちゃったって感じで、下の子の幼稚園も今、休園しちゃったんです。別に悪いことしたわけじゃないんですけど、今、隠れた生活をしています〉という母親の語りも得られた。
このように、生活をコントロールできなくなってしまった家族が適切なサポートを受けることで「家族自身が自分たちの生活を調整し、力をつけること(その力の状態)」を「家族エンパワメント」というそうだ。
「家族エンパワメントは、①家族の中でなんとかやりくりする力 ②社会や行政に働きかける力 ③サービスシステムを上手く活用する力、この三つで構成されています。
おじいちゃんやおばあちゃんが協力してくれるとか、看護ケア代行サービスなどの情報をちゃんと入手して活用できる、など生活をコントロールできる家族はエンパワメントが高いのです」。
「家族も人と同じように発達課題を持っているのです。たとえば第一子が生まれながらに障害があるとすると、その家族は夫婦としてまだ若く家族の形成期であるがゆえに、夫が妻や子をどう支えていいかわからない、といった危機をはらむ場合もあります。助成研究の調査でも見られたケースですが、子どもが学童教育期に発病した場合は、親も子どもを介した社会を拡大させつつある時期なのにそれが阻害されてしまい、疎外感や取り残された感を覚え、意欲を失ってしまう。家族看護の視点では、今この時に必要なサポートと、家族周期やライフサイクルによる発達課題を踏まえた(予測した)サポートを施すことが必要になってきます」。
この視点も、復学支援の研究において、調査対象が感じる思いの経時的な変化を示して検討した点に活きている。
研究者としてはもちろん、大学教員としても、「小児保健看護学」を学ぶ学生たちを指導し、2014 年から「家族支援専門看護師」(2008年に資格認定制度が特定された)の人材育成にも力を注いでいる涌水さん。研究室には「家族支援専門看護師の資格をとりたい」と看護師として社会に出たあと再び大学院に入ってきた人たちや、「大学での看護師の教育に興味をもって」いる学生、中国からの留学生などが学んでおり、彼らを通じて涌水さんの体験や思いは繋がっていく。
「実習で小児がんの子の担当となった学生には、院内学級を見に行くように言っています。治療・看護の対象としてのみ子どもを捉えるのではなく、病棟という場所で病の治療をしながら生活をするひとりの子どもをまるごと、あらゆる角度から捉えてほしい。制限された環境の中でも彼らが有する権利(たとえば「育つ権利」のなかの" 教育を受ける" 権利)があること、その権利を医療者が尊重することがどんなに大切なことであるか、をぜひ知ってほしい。
私自身もそうやって、闘病する子どもの生活や権利を考え重ねることで、小児看護への理解が深まった経験がありますので、学生にもぜひそうあってほしいと思います」。
「小児保健看護学」ゼミの大学院生とともにディスカッション。ある学生は「ここで学ぶことで、現場に役立つ研究って何だろうと常に考えながら研究を組み立てていくことが大事だと実感しています」と話してくれた。