教育課題に関する研究会議 「教育イノベーションイニシアティブ シリーズシンポジウム(第三回)」開催報告」
2019.03.06
1月26日(土)、教育課題に関する研究会議「教育イノベーションイニシアティブ」のシリーズシンポジウム第三回が赤坂インターシティ コンファレンスセンターで開催されました。この会議は、「複雑に絡み合う教育課題を解決するには、①教育界及び各界の知恵の交流、②具体的な共創機会の創出、③教育の"そもそも"を考える機会、が極めて重要である」との有識者のご意見をもとに開催されています。第三回は、『大きく変わる社会を見据えた学びの未来~社会に開かれた教育課程を通してめざす、未来の学びのあり方とは~』をテーマに、文科省など教育行政を担う省庁関係者、教育長、学校長、研究者、現場教員、教育NPOをはじめとする教育界の方々を中心に、全国から63名が参加しました。
最初に、杉並区教育委員会 教育長の井出隆安氏より、「杉並区の教育政策 未来から逆照射する過去ー現在」というタイトルで講演がありました。井出氏は、①「時代観と未来の考え方」、②「未来から逆照射する過去ー現在」、③「公教育の構造転換」の3点について説明されました。
まず、「『未来からの逆照射』とは、現在を起点とし10年前・15年前から見た今は、どのような『未来』として捉えられていたのかを振り返ること」であると定義されました。そして、予測不能といわれる未来の到来に際し、「これからの社会の延長線上にないといわれる、これからの時代、つまり、『断絶の時代』に我々はどうすべきか、その断絶を埋める努力をするのは誰なのかを考える必要がある」と述べ、「その断絶を埋めるものこそが『教育』であり、教育という営みが、断絶する時代をつないでいく最良の方法」であると言及されました。
さらに、教育とは、「時代をさかのぼり過去から現在へとたどり着き、未来を想定すること」であるとの認識を述べられました。井出氏は、教育が断絶する時代をつなぐ題材として杉並区の例を掲げながら、2030年には「学校はなくなるかもしれない」と警鐘を鳴らされました。その理由として、「(1)学校は地域との密接な関係が不可欠なため、地域が過疎化することで学校も立ち行かなくなる恐れがあること、(2)10年以内にベテラン教師が大量に退職し、教員のなり手不足に伴い、受ければ誰でも受かる教員採用試験をパスした新しい若手教員の増加」が背景にあると説明されました。
次に、②「未来から逆照射する過去ー現在」という点については、杉並区の教育政策の15年に関する解説をされました。具体的には、学校希望制度の導入、教育ビジョンの策定、現場を支援する総合支援センターである杉並区立済美教育センターの整備、日本最初の学校支援本部の設置、区の固有の学力調査の開始等が挙げられました。さらに、2012年の教育ビジョン改定に伴う、杉並区の大幅な教育方針の方向転換についても論究されました。この最大の特徴について井出氏は、「『競争から共創へ』、つまり、学校選択を行い、差を強調することから、和を見だす方向に変えようとしたこと」であると述べられました。「生まれてくるエネルギーを足し合わせ和のエネルギーに変えていく、さらには持続可能な改革や教育の維持を行うという発想のもと、学校支援本部やコミュニティスクールという、地域と学校の協働する仕組みを具体化するにあたり、地域から人が離れていく学校選択制度は相性が悪くなった」と学校希望制度廃止の経緯についても説明されました。
最後に、③「公教育の構造転換」という点については、あらゆる境界を越えた学びの機会の拡がりについても見解を示されました。いつでもどこでも誰でも学べる環境が整備され学校のハイブリット化、つまりは、『屋根のある学校(物質)と屋根のない学校(実質)の融合』が加速する中、「学校がどんどん小さくなっていく一方で、屋根のない学校はどんどん大きくなっていく。これらをどう融合させていくかが大きな課題」であると指摘されました。さらに、学びとまちづくりについても言及し、「学びとまちづくりを一体化しなければ、双方が生き残ることはできない。学んだ成果をまちづくりに還元していく、というゆるやかな連帯が必要」であるとお話しされました。最後に、井出氏は、教育ビジョン2020年から2030年を見通した教育を構想するうえで、「『越境』が非常に重要なキーワード」であると述べ、「さまざまな壁を超えるには意志が必要であり、意志を持ってそれらを超えていく、その受け皿となる教育をどう展開していくか考えていくことが肝要である」と結びました。
続いて、「理想の学校~原子力災害に直面してゼロから考える」というタイトルで、福島県立ふたばみらい学園高等学校 副校長 南郷市兵氏による講演が行われました。
まずは、ふたば未来学園の開校の経緯や背景、トラウマを抱えた生徒の実情についてお話しされました。原子力災害に直面した地域で課題が山積する中、南郷氏が最初に着手したのが『教育復興ビジョン』の作成であったと述べられました。10年後、20年後のまちの課題の書きおこしに加え、子ども未来会議を複数回開催し、「子どもたちがどのような学校で学びたいか、双葉の学校はどうあるべきか」を繰り返し子どもたちと議論する中で、「結果的に、中高一貫校の道筋が作られた」と南郷氏は説明されました。子どもたちと議論を重ねた結果、建学の精神を「変革者たれ」とした背景には、「今までの延長線上で対処療法しているだけでは課題は解決できない。だからこそ、いかにゼロから物事や社会の在り方を考え直して、新しい社会をつくっていくか、自分を変革し、地域を変革していくかが大切」との結論に至ったからであると述べられました。そして、「思考し続け発信する、行動する変革者を育てること」がふたばみらい学園のねらいであり、「失敗を恐れず挑戦する、現実社会のなかで学ぶ学校」であることが目指すべき学校像であるとお話しされました。
建学の精神を踏まえ、育成したい生徒のイメージを全教員で議論し、そこで出た意見をもとに目指す資質・能力等の評価基準を表したものが「ルーブリック」であると解説されました。具体的には、学力の概念(知識やスキル、人間性、キャラクター、さらにはメタ認知)やレベル感を、縦軸と横軸で整理したものであり、「生徒が自己評価を行い、成長状況を把握するうえで大切なツール」であるとの認識も述べられました。ルーブリック設定の際、議論で最も多く取り上げられたのは、「寛容さ」を育むことであり、「考え方や事情の違いによる対立や分断が今もある現状で、相手を論破するのではなく、相手を包み込みこめる温かさが重要」であるとの声が教員から多く寄せられた、と説明されました。「『ハートに訴えかけるように物語ることができる人材を育てたい』という強い想いのもと、ルーブリックを設定した。」、「ルーブリックがふたば未来学園のゴールであり、すべてであり、出発点である」と南郷氏は主張されました。
ふたば未来学園の探究学習等さまざまな活動があるが、生徒は地域社会で実際に起きている課題に本気で向き合い、「その課題解決のために何ができるのかを真剣に考えると、高校3年間で解決できるものではないと気付く。そして、自分はどう生きるのか、どう社会と関わって生きていくのか、どうあるべきなのかを見出して、巣立っていく」と力強く述べられました。さらには、「この地域で、課題の解決に取り組んだということが、より普遍的で原理的な問題として生徒の学び」となり、「『主体的な学び続ける市民』となることが最大の目標である」という想いを述べられて、基調講演を総括されました。
オープンディスカッションでは、講演をさらに深堀するかたちで、登壇者の教育観を問う概念的な問いや、具体的な取り組みや成果に関する質問に対し、活発な意見交換がおこなわれました。会場からは、「教育の場で働く者として、限界や到達点を勝手に決めてはならないということをあらためて認識できる時間だった。また、明日から何をしていくか、夢というか、目標・目的が再確認できた」、「お二人の先生方のお話しは、そもそもの原点に立ち返るお話だった。地域とともにつくっていく学校、子どもたちの将来が地域にまた返っていくことが街づくりになる。将来を見越した先の子どもの姿を見据えた教育を行っていかなくてはならないと改めて思った」など、様々な発言がありました。また、「南郷副校長の未来創造研究の話を伺い、生徒の生活に密着した教材・題材が強い意欲付けにつながっていると思い、その教育的価値について考えさせられた。自校の生活・総合を振り返り、質の高いものにできるよう努めようと思う」という前向きなコメントをされた教員の方が多数いらっしゃいました。
「教育イノベーションイニシアティブ シリーズシンポジウム」では、教育界及び各界、すなわち、省庁・研究者・教育委員会・現場の実践者である学校長や教員・教育NPO、さらにはビジネス界と多岐にわたる方々が、多様な意見を持ち寄り、「教育のそもそも」を考える場です。博報財団は「場をご提供する」ことを支援しています。