Vol.134 |
2026.08.17 |
「ズルのコトダマ」
皆さんは、ズルをしたことがありますか。
私は、あります。小学生の頃、ズルをしました。
そのズルは、問題を解かずに、答えを丸写したことです。
夏休み、算数の薄い問題集を解く宿題が出ました。
面倒だなぁと思ったら、近くに住んでいたひとつ上の友だちが、
「去年と同じ問題だ」
と言って、答えが書かれたものを貸してくれたのです。これを写せばやったことになる。そう思って、しめしめと思った私は、答えを丸写しにして提出しました。
ところが、その中にとても難しい問題があったのです。ひとつ上の友だちは、算数が得意だったので難なく解いていました。ところが、夏休みが終わるとクラスメートが「この問題は、解けなかった」と言って騒いでいました。私は、何のことかわかりませんでした。
悪いことはできないものです。
「ひきたくんは、これが解けたみたいなので、みんなに教えてください」
と先生が言い、私はその問題の解き方を黒板の前で説明することになってしまったのです。
しどろもどろでした。解説どころか、問題すら読んでないのです。先生は、すかさず、
「ひきたくん、答えを写したね」
と厳しい口調で言いました。とたんにクラス中から
「ズル!ズル!」
という声があがり、責め立てられました。
きつい経験でした。友だちの信頼を失いました。
この事件以来、ちゃんと自分で問題を解いても、みんなから
「またズルやろ!」
という声が上がるようになってしまいました。
確かにズルをして、答えだけを書いたところで、何一ついいことはありません。
楽できたように見えますが、力がついたわけではないので、あとで必ず苦労します。
この「ズルのコトダマ」は、私の心を傷つけ、恐怖に陥れました。
同時に、「ズルだけはやめよう」という猛烈な決意を促してくれました。
今、生成AIの時代になって、わからないことがあるとすぐに頼ってしまいます。
とても便利ですが、使うたびに、心のどこかで、小学校で聞いた「ズル!ズル!」という言葉が蘇ってきます。
自分で考えることなく、答えだけを聞こうとする。
考えないで、わかっているようなフリをする。
そんな罪悪感が、心をよぎるのです。
生成AIが生活の一部となった今、頼りたくなる気持ちが、わいてくることもあるかもしれません。
しかし、問題を考えることもなく、友だちの答えを丸写しにするような態度では、あとで必ずしっぺ返しが来る。
何よりもまず、自分の頭で考えてみることが大切なのではないでしょうか。
「ズルだけはやめよう」という決意は、これからの時代にますます必要なことだと思っています。






