Vol.132 |
2026.06.15 |
「雨のコトダマ」
私は小学校5年生のときに転校しました。梅雨の季節でした。今と違って、しとしとした雨が毎日続きます。休み時間に校庭にも出られない。仲よしにもなっていないクラスメートと、ずっと同じ教室にいるのは、かなり苦痛でした。
唯一の救いは、雨音でした。
広い日本家屋の社宅に移ったため、軒を打つ雨音が以前の家よりも大きく聞こえました。くよくよ悩んでいても、布団に入って雨音に耳を澄ましていると、いつの間にか深い眠りに落ちていく。子どもの頃に感じた「雨音」の感覚が、今でも私の中に深く残っています。
雨の音を聞くと、心がやすらぐ。それは、なぜでしょう。
それは、ずっと同じリズムが続くからです。人間は、「次に何が起きるかわかる」ものに安心を覚えます。梅雨の雨は、ポツポツ、パラパラと規則正しい音で包んでくれます。赤ちゃんが、お母さんに背中をトントンと叩かれると、気持ちよさそうに眠り始める。これと同じ現象ではないでしょうか。母親の体内で聞いていた血流の音。もしそれをもう一度聞けるのだとしたら、雨音はそれにも似ているように思えます。
最近は、この雨の音を模した「ホワイトノイズ」が開発され、睡眠導入の際に使われることがあります。私も何度か体験しました。あくまで個人的な意見ではありますが、本当の雨にはかなわない。突発的な音や雑念を覆い隠すには適しているけれど、雨のように守られている感覚にまでは行き着きませんでした。
雨音には、自然と自分の心を内側に向け、整えてくれる力があるのではないでしょうか。
アメリカのある詩人は、
「雨の一滴一滴は、天からの小さな詩である」
と言いました。確かに梅雨の雨音は、単なる「気象」を超えて、詩の音律のように聞こえます。心を癒す「雨のコトダマ」が、パラパラと降り注いでいるように感じます。
「雨の日はきらい」という人も多いのは確かです。でも、気持ちを自分に向けて、心を整理するには、うってつけではないでしょうか。
残念ながら近年は、しとしと続く梅雨が減り、空梅雨や大雨が降る年が増えています。同じ雨でも、不規則な雨足や風の音は、人の心をざわつかせます。
願わくば、日本列島の四季を取り戻し、「祈り」を感じさせる、やわらぎ、忍び、潤う雨音を、いつまでも聞いていたいものです。






