コラム

Vol.90

by ひきたよしあき 2022.12.15

「励まし」のコトダマ

私が教えている大学の研究室には、
学生が大勢やってきます。
ランチタイムになると、いつも
5、6人がお弁当を食べています。

そこで聞く先生の噂や恋バナは、
実に面白い。流行りの音楽、アプリ、
ファッション、マンガなどの話は
私の大切な情報源です。

楽しくて快活な子ばかりでは
ありません。
高校時代に不登校になってしまい、
学校を変わった。
今もうつ病に悩まされている子も
います。
喘息持ちで休みがち。単位取得が
難しそうな子もいます。

しかし、みんな、やさしい。
コロナ禍でソーシャル・ディスタンスを
強いられてきた彼らは、人が集まる場の
大切さを知っている。
初めて部屋に来る子も、学年や学科の
違う子でも受け入れる雰囲気を作って
くれます。

ランチが終わり、次の講義へと
向かっていく。
その中で、

「あ〜、行きたくない」

と腰を上げられない学生がいました。

「次の先生、合わないんや」

と不平をいう。この子も、中学から
不登校気味でした。

すでに講義がはじまる時間になっている。

「遅れちゃうよ」

というと、何度もタメ息をつき、
首を振り、そしてリュックに肩を入れた。

スクっと立ち上がって、
ドアの方に向かう。
ドアノブに手をかけて、部屋を出る
瞬間に、こう言ったのです。

「先生、勇気の出る言葉、ひとこと
ください。それで、行けると思う」

こういうと、座禅の警策で打たれる時
の姿勢のように首を垂れたのでした。

私は、咄嗟のことで、言葉が
浮かびませんでした。

一瞬、「がんばれ!」という言葉が
頭に浮かび、
「これは言っちゃダメだ」とすぐに
否定する。
「がんばれ」は、今、必死にがんばって
いる人にかける言葉ではありません。

じっと頭を下げる彼女の首筋を
見ながら、

「こんな時に、私は言葉を失うのか!?」

と焦りに焦りました。

彼女は、

「あぁ、言葉をかけてくれないんだな」

と頭を上げました。
その動作の瞬間に、こんな言葉が
私の中から湧いてきました。

「授業終わったら、またここにおいで」

私の言葉を背中で聞く彼女。
大きなリュックを抱えたまま、
動きません。

10秒ほどその状態が続いたのちに、
こちらを振り向き、こういったのです。

「元気でた」

私は、この時の笑顔が強く印象に
残りました。
こういう笑顔になる学生を増やす
教師でなければいけないと思ったのです。

「励まし」のコトダマ。

それは、用意して与えられるものでは
ありません。
落ち込んだり、心を落としたり、
勇気がでない相手を見て、
心の奥底から湧いてくるものなのです。

頭で考えている限りは、
過去におもいついた当たり前の言葉
しかでてこない。
相手の現状を思い、相手の姿を見て
自分の内側から湧いてくる言葉。
全人格から搾り出される一言が、
「励ましのコトダマ」なのです。
極めて感覚的な話ですが、この日、
私はそれをはっきりと認識しました。

講義のあと、待っていましたが
彼女は来ませんでした。
翌週のランチタイムにやってきた
彼女に、

「先週、待ってたのに」

というと、にっこり笑って、

「あの言葉で十分や」

と言ってくれました。

今度は私が、その言葉に
励まされたのでした。

  • ひきたよしあき プロフィール

    作家・スピーチライター
    大阪芸術大学客員教授
    企業、行政、各種団体から全国の小中学校で「言葉」に関する研修、講義を行う。
    「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)、「人を追いつめる話し方、心をラクにする話し方」(日経BP)など著書多数。