「博報賞」
受賞者の活動紹介

第56回「博報賞」 博報賞受賞
[新潟県]岩舩 尚貴(柏崎市立南中学校 教頭)

ふるさとをことばで継ぐ子どもたち ~郷土作家を起点とした物語創作と文学交流~
国語教育領域

 「オンライン授業と休校の繰り返しで、子どもたちの中に閉塞感が漂っていました」。こう振り返るのは、上越教育大学附属中学校で国語を教えていた岩舩尚貴教頭(現・柏崎市立南中学校教頭)。令和3年、新型コロナウイルスの感染拡大で先の見えない状況が続く中、どんな授業ができるのか模索していた時、ある講話で地元の童話作家・小川未明の生涯を知り、授業のヒントを得た。
 上越市出身の童話作家・小川未明(1882年~1961年)は、スペイン風邪に罹患し、自身の子どもも感染症で亡くした経験を持つ。そこから児童文学に活路を見出し、子どもたちに希望を与える作品を生み出していった。「感染症の時代を生きた未明と、コロナ禍の私たちの状況が重なって見えたんです。この時代を生きる希望を、文学から見出せるのではないかと思いました」と岩舩教頭。しかし、小川未明の作品を読んだことのある生徒は1割未満だった。身近にいる偉大な作家を、地域の子どもたちが知らない。この現状が、授業の出発点となった。

作家への親近感が生んだ生徒主体のブックトーク

 授業は小川未明の童話30編を生徒のタブレットに配信するところから始まった。著作権フリーの作品をデジタル配信することで、生徒たちは時間や場所を問わず作品を読める。また、学校から徒歩10分の場所にある小川未明文学館へ、国語の時間を使って通った。未明の生涯を綴ったドキュメンタリーや書簡などの展示を鑑賞する中で、生徒たちは作家の人柄にも触れていった。早口で話す肉声を聞いて「せっかちで短気な人だったんだろうね」と笑い、上越在住時代に高校を中退した経歴も知る。完璧な偉人ではなく、親しみを感じられる人物だと分かった。こうして人柄と作品の両面を知ることで、生徒たちの関心は深まっていった。
 未明童話の魅力を知った生徒たちは、自分の好きな作品を選んでブックトーク形式のプレゼンテーションを企画した。同じ作品を選んだ生徒4〜5人がグループを組み、タブレットを使って共同編集でプレゼン資料を作成。3年生が下級生に魅力を語った。どの作品が好きかの人気投票では意外な結果が出た。代表作『赤い蝋燭と人魚』より、短編『野ばら』の方が圧倒的に人気だったのだ。「短くて読みやすく、休み時間にさっと読める。その気軽さが魅力だったようです」と岩舩教頭は語る。学年を超えた交流の中で、文学を楽しむ空気感が生まれていった。

未明作品の魅力を3年生が下級生にプレゼン
未明作品の魅力を3年生が下級生にプレゼン

岩手・デンマークとの交流と物語創作

 令和4年度には、岩手大学教育学部附属中学校との文学交流がスタート。その際、生徒から「オンラインで一緒に、作品を紹介するプレゼン資料を作りたい」という提案が出て実践することに。 まずは地域の童話作家を学ぶ学校同士、お互いの代表作を読み合う。小川未明の作品を岩手の生徒が、宮沢賢治の作品を上越の生徒が読み、感想を伝え合った。次に両作家の共通点と相違点をオンラインツールで共同編集しながら議論した。最終的には両校の生徒が協力して一つのプレゼンを作り上げ、動画にまとめるまでに。デジタル世代の生徒たちは、オンラインを使えば距離を超えて交流できることを、教師より先に理解していた。
 交流はデンマークにも広がった。小川未明が「日本のアンデルセン」と呼ばれていることから、アンデルセンの母国・デンマークの中学生との交流を行った。時差があるため動画サイトを使ったオンデマンド形式を採用。アンデルセンの代表作『人魚姫』や未明童話の感想、日本とデンマークの文学の読み方の違いを、英語でコメントし合った。
 さらに、令和5年度、岩舩教頭はもう一人の地元作家・杉みき子(1930年~)に着目した。当時すでに90代でなお健在だった杉氏の作品には、上越の方言や雪の風景が色濃く描かれている。上越の情景が感じられる杉氏の作品は、生徒にとって小川未明よりも身近な存在だ。そこで、まずは岩舩教頭が杉氏の自宅を訪ねてインタビュー動画を撮影した。そこで杉氏が語ったのは「物語を作るために大事なことは、常に『物語の種』を探すことなんです」ということば。生徒たちはそれを受けて、一人500円を持って地元商店街の朝市へ向かった。地域の人と交流しながら買い物をし、そこで「物語の種」を見つけた。
 また、杉氏の童話で上越の方言に触れた生徒たちは、祖父母にインタビューするなどして、方言を調べ始めた。「家族の中での会話が増えたと、保護者たちからも好評でした」と岩舩教頭。身近にあることばや風景が物語の材料になる、そう気づいた生徒たちから「上越を物語で残して本にしたい」という声が自然と上がった。そこで、その思いを形にするため、小川未明や杉みき子の文体を参考にして方言などを織り交ぜた作品を一人ひとりが執筆。表紙のイラストも生徒が手がけた。こうして生まれたのが、3年生105人の創作物語集『がんぎの町の物語』だ。ここには日常の中にあるちいさな奇跡、人と人とのつながり、このまちへの愛情がそれぞれの視点で描かれている。公開授業にて生徒たちが朗読すると、参観者が涙を流すほどの感動を呼んだ。

岩手の中学生とオンラインで文学交流
岩手の中学生とオンラインで文学交流

グローカルな実践が育んだ地域への誇り

 これらの活動は、岩舩教頭一人でつくり上げたわけではない。国語科の同僚がバディとして一緒に授業を作り、上越教育大学の小埜裕二教授と渡部洋一郎教授、市の学芸員が専門知識を提供した。「産官学が連携したからこそ実現できた活動でした」と岩舩教頭は感謝を込めて語る。
 また、ICTのデジタル機器は活動の重要なツールだったが、それだけでは不十分だったという。岩舩教頭自身、岩手やデンマークへと足を運び、現地の教師と対話を重ねた。オンラインとオフラインを使い分け、教師同士が密に連携することで、活動が深まっていったのだ。
 郷土作家の研究活動による、生徒たちの変化は確かなものだった。「童話を読むのが好きになった」「国語の先生に憧れるようになった」など、卒業生からそんな声が届く。「将来は文学研究者になりたい」という夢を持つ生徒も現れた。この活動は地域でも注目され、小川未明についての学習に魅力を感じ、同校への入学を希望する小学生もいたという。「未明の学習をする学校」という認識が定着し、学校の文化となっていった。
 博報賞の審査では「郷土作家を起点としたグローカルな実践がなされている」と評価された。「全国には、地域にまつわる文学作品や行事が多く存在します。この実践は、それぞれの地域に応じて再構成が可能だと認めていただけたことが、何よりうれしかったです」と岩舩教頭。消えゆく方言や文化、伝承文学を後世に残す。郷土文学の価値は、そこにあると考えている。
 この実践を通じて、生徒たちは文学の意味を自分のことばで語るようになっていった。ある生徒は「文学は今と過去をつなぐタイムマシンだ」と表現した。小川未明の名作『野ばら』では、隣国同士の戦争で引き裂かれる兵士の友情が描かれる。作品を学んでいた時期に、現実世界ではウクライナ侵攻が起きていた。「国と国が争っていても、人と人はつながれる。文学には、今の時代を生きるヒントがある」と生徒たちは気づいたようだ。文学を通じて過去を知り、今を考え、未来を想う。郷土文学が育んだこうした学びは、生徒たちの中に確かに根づいている。

杉みき子氏に創作物語集を寄贈する岩船教頭
杉みき子氏に創作物語集を寄贈する岩船教頭

(新潟日報2026年3月13日 掲載分より転載)
※記載の所属・役職は、受賞当時のものです。

博報賞とは

「博報賞」は、児童教育現場の活性化と支援を目的に、財団設立とともにつくられました。日々教育現場で尽力されている学校・団体・教育実践者の「波及効果が期待できる草の根的な活動と貢献」を顕彰しています。また、その成果の共有、地道な活動の継続と拡大の支援も行っています。
※活動領域:国語教育/日本語教育/特別支援教育/日本文化・ふるさと共創教育/国際文化・多文化共生教育 など

第57回「博報賞」の応募受付を4月1日(水)より開始します。
詳細は博報賞のページをご覧ください。
*博報賞に関するお問い合わせ先
hakuhoushou@hakuhodo.co.jp (博報賞担当宛)

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