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対談・コラム

インタビュー「読書体験が救いになるとき」 (2/2)

作家・平野啓一郎さんに聞く

読書は強制できるものではない

平野 とはいえ本は、大人がいくら読めと言っても、本人が読む気にならなければ絶対に読まないもの。強制することは決してできないので、やはり読みたいという気持ちに自発的になるようにしないといけない。これは読書に限らず人間の根本的なことで、僕は無理強いすることがすごく嫌なんです。相手に変わってほしい、何かをしてほしいという時には、その人が内発的に進んでやるような形を考えなきゃいけない。

こども研 私自身、特に『ある男』は面白くて止まらないという感じでした。久々に小説って面白いなという感覚を呼び戻したというか。

平野 そう言ってもらうとうれしいですが、今は「小説は読まなければいけないもの」という社会的地位からは滑り落ちています。ヒマな1~2時間があるときに、映画を見るかSNSをやるかゲームをやるか本を読むか、という横一線の勝負みたいになっている。だから、ゲームをするより本を読んだほうが満足感がある、豊かな気持ちになれるよ、と言えるだけの本を書かないといけない。

読書は登山のようなもの

こども研 お話を聞いていると、本が苦手な人もまだまだ伸びしろがあるというか、どんな世代でも小説を読む人がもっと増えていく可能性があるような気がしてきました。

平野 本はやっぱり登山みたいなもので、読み始めのころは高尾山くらいしか登れなくても、ずっと登り続けていると富士山に登れてエベレストに登れてという積み重ねが肝心です。だから、いきなりエベレストに登ろうと思っても無理。登ろうとして難しくて断念する山もあるだろうし、五合目まで連れていってくれるのなら登れそうとか、難易度もある。でも読んでいると、頂上に上がったときの見晴らし、見える世界とか、その途中の道行の楽しさが分かってくる。そんなに高くなくても景色のいい山に登るのと同じで、少しずついろんな本を読んでいくというのがいいかなと思いますけどね。

こども研 平野さんの場合は、文学が救いになったわけですが、アニメや漫画、音楽や映画が救いになる場合もありますよね。

平野 それはそうですね。僕の場合は文学だったということですから。ただ、ブックガイドとなるような大人がいることは大事だと思います。書店や出版社のような売り手のブックガイドではなくて。子どもの成長段階に応じて、名作の面白い場面を紹介してあげたりするとか。まだ読めないかもしれないけれど、そういう世界があることだけは垣間見せてあげることはできるはずです。

親として考えること

こども研 最後に、平野さんご自身、小学生のお子さんをお持ちの親御さんでもいらっしゃるわけですが、子育てについて大事にしていることはありますか?

平野 日本はこれから大変な社会になっていきますよね。経済は間違いなく縮小していくでしょうし、日本だけで生きていくのは難しくなってくる。どこでも、誰とでも生きていけるような力を身につけていかなきゃいけないとは考えています。

こども研 一方で逆に、日本が一番安全で住みやすいから外に出ていきたくないという若い人たちが増えています。

平野 日本が住みやすいというのは、あまり楽観できないんじゃないですかね。続くと良いですけど。就職状況が良いにように上辺では見えますけど、他国に比べて給与水準はどんどん落ちていますし、ますます大きな所得格差が生まれてくるでしょう。

こども研 そんな未来に向けて、お子さんに具体的に伝えていることはありますか?

平野 偏見の無いオープンな態度で人と接することができるように、ということだけは言っていますね。そうしないと、本人たちがすごく苦労すると思うので。差別的なことに対しては、「それは違うんじゃないか」と言って、はっきりと理由を説明します。どの国でも排外主義の傾向が強くなっています。偏見を持って「日本はすごい!」と言っていても友達はできると思いますが、友達の質が悪くなります。僕はこれまでの人生の中で、仰ぎ見るようなすごい人たちと接する機会に恵まれてきましたが、そういう人たちはとてもオープンだし、偏見もない。色んな国の人と仕事をしているから差別的じゃないし。だから良い人間関係の中で良い人間になってほしいとは思いますね。

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