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対談・コラム

インタビュー「人類の進化200万年をさかのぼり、心の発達を科学する」 (3/3)

京都大学・明和政子教授(比較認知発達科学)に聞く

社会で子どもを育てる

こども研 母親の子育て環境が厳しくなっているわけですが、もともと人間は共同養育をやってきた動物でもあるわけですよね。社会全体で子どもを育てるような動機づけをしていくということはないのでしょうか?

明和教授 まさしく、それを目指していかないといけません。村社会が無くなった今、「現代版」の共同養育システムが作れないか、と。問題は、今の社会は、オキシトシンが出やすいような内集団をつくりにくくなっていることなんです。例えば、男女共同参画社会という方針が出されても、その実現はかんたんではありません。現代の親たちは、内集団の子どもに関わったりする幼少期からの経験がないので、育児に適した脳のはたらきが形成されていないのです。子育てを終えた中高年の女性が、バスや電車のなかで赤ちゃんに声をかけたり、あやしたりするようすをよく見かけますが、これは、その女性たちは子育て経験をへて、育児に適した脳を形成してきたからです。ミラーニューロンもそのひとつ。子どもを見ると、過去の経験から自然とオキシトシンが沸き立つのですが、子育て経験のない者はそうはならない。とくに、長年会社という社会が生活の中心であった男性にとっては、子どもの泣き声は、騒音として感じられるでしょう。喫緊の課題として、私は、母子手帳の改変を行う努力をしています。子どもに触れたことのない世代は、女性も男性もですが、親としての脳や心を発達させるための準備をすることが必要です。そうした情報を、きちんと母子手帳に盛り込む。「父親は、母親の心を支えましょう」のレベルではなく、母親とともに育てるという、育児に積極的に参加することの必要性を科学的根拠をもって訴えていかねばなりません。

こども研 そういう意味では、子どもの頃から年下の子の面倒をみる体験をするのは良いことですね。集団登校も良い仕組みかもしれません。

明和教授 ああいうのはいいんですよ。今は少子化ですし。中学生の保育園体験というのがあるんですけど、すごく大事ですよ。昔は当たり前にあった経験を、今は「特別に」提供しなければいけないという時代なんでしょうね。幼少期のうちに、誰かとコミュニケーションすることに喜びを感じる経験をもち、そうした予測が可能となる脳を育む。誰かとコミュニケーションすることでオキシトシンが高まる心地よい身体接触体験を豊かに提供する。この根っこの部分を大切にしなければならない。それがはく奪される(虐待経験など)と、思春期にうつなどの精神疾患を発症するリスクが大きく高まることがわかっています。

幼少期のアタッチメントが、人への信頼を生む

こども研 対人関係上の脳の予測性というお話がありましたが、やはりアタッチメントによって予測性が高まるということなのでしょうか?

明和教授 アタッチメントという言葉を科学的に説明したのが「予測性」という概念なんです。対人関係の予測性、つまり、この人は大丈夫、安心」という予測を脳内に形成することがアタッチメントなんです。

こども研 そうすると予測のためには、個体を識別する情報量は多ければ多いほど良いということになるのでしょうか。メディアが発達すると、どうしても情報が削られてしまうような気がするのですが。

明和教授 現在のデジタル社会は、視覚情報や聴覚情報などの外受容感覚(注2)にすごく偏った情報処理を行う環境を作り出しています。他者との身体接触によって身体に心地よさを沸き立たせる内受容感覚の経験は、どんどんはく奪されている。そうした環境の中で育つことになる子どもたちの脳や心には、いったい何が起こるでしょうか。視覚、聴覚を中心とした外側からの刺激は豊かにあるけれど、身体接触によって起こる心地よさが結びつくような経験は十分提供できているでしょうか。こうしたことを脳が顕著に発達する幼少期に十分経験しておくことが、人間という生物として生存するためには不可欠です。 その点において、最近増えている子ども食堂はとても良い施策ですよね。みんなと一緒に食事をし、目をみて、笑い合う。こうした時空間では、外受容感覚とともに、内受容感覚からくる心地よさが統合経験される。他者と身体経験を共有する経験を豊かに提供して、他者とのコミュニケーションのなかで身体内部の心地よさを感じさせることが、発達支援にとって一番有効なんです。

2019年12月11日 京都大学・明和政子教授研究室にて

*注2)外受容感覚・内受容感覚
子育てに関して「アタッチメント」という言葉がよく使われるようになってきている。イギリスの精神医学者ジョン・ボウルビィ(1907~90)によると、アタッチメントとは生物が進化的に獲得してきた生存戦略の一つ。アタッチメントの基本は発達初期にある特別な存在(特定の養育者)と身体をくっつけ、自分では制御できない身体の生理的変動や情動一定の状態に調整すること。
そして、これまでのアタッチメントの捉え方を超えて、養育者と乳児の身体を介した相互作用こそがヒト特有の社会認知の基盤であるという説に最近注目が集まっている。他者と分離して自己という意識を持つことはヒト特有の社会的認知の要だが、そうした認知能力を獲得する基盤となっているのは、身体レベルで自己とそれ以外を区別するという基本的感覚で、これを「身体感覚」と呼び、これは環境と動的に相互作用する過程で生じる。
身体感覚のうち「内受容感覚」は身体内部に生じる感覚で、「外受容感覚」とはいわゆる五感のこと。この外受容感覚からの情報と内受容感覚に由来する情報が統合される過程が非常に重要である。なぜなら、この統合こそが、ヒトだけが持つ心のはたらきである「感情の主観的な気づき」に深く関わっていると見られるからである。
(『ヒトの発達の謎を解く』より)

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