日本研究
フェローシップ

第15回、第16回研究報告会

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2022年8月10日(水)
開催方法:オンライン(Zoom)

8月10日(水)、第15回、第16回、「日本研究フェローシップ」研究報告会を開催しました。当初、対面形式での報告会を計画し準備を進めていましたが、折悪しく新型コロナウイルス第7波が拡大。安全を優先し、直前になってオンラインでの報告会に変更しました。招聘研究者10名、受け入れ担当教員・窓口担当者12名、審査委員の先生方6名、および財団関係者を含めて40名余りが参加し、途中に休憩をはさみながら、7時間にわたって研究報告・質疑応答、審査委員による講評等が行われました。


研究報告

今回、研究発表をした招聘研究者は「日本語・日本語教育研究」の分野で5名、「日本文学・日本文化研究」の分野で5名です。1人15分間の研究報告の後に受け入れ担当教員からのコメントがあり、招聘研究者の研究の意義や活動状況、国内研究者や学生との交流などについて解説をいただきました。続く質疑応答では、各審査委員の先生方からさまざまな視点の質問・意見があり、研究の深化・発展につながる話題も多く上がりました。
各研究者の発表内容から、日本滞在中の活動状況や研究のまとめ、今後の展望等についての要約を掲載します。

日本語・日本語教育研究

1.大原 由美子
ハワイ大学ヒロ校・准教授(アメリカ)
『消滅危機言語・方言におけるアイデンティティと言語イデオロギーの考察-日本とハワイの比較』

「日本滞在中には、沖縄語(しまくとぅば)の復活普及活動をしている市民グループ『ハンズオン』と、札幌のアイヌ語、アイヌ文化の継承活動をしている『ウレシパプロジェクト』を訪問、話者数やイマージョン教育、言語イデオロギー、アイデンティティ等においてハワイ語との比較調査・研究を行いました。今後は、国内外の消滅危機言語の復興を目指すグループ間の交流や、私の所属するハワイ大学ヒロ校言語学科との合同授業などを計画しています」

2.モハマッド ハナーン ラフィーク
カイロ大学文学部日本語日本文学科・専任教授(エジプト)
『言語習得において障壁となる文化的な差異 ― アラブ人初級日本語学習の視点から ―』

「アラブ人日本語初学者が使用する『みんなの日本語』Ⅰ・Ⅱを対象に、時間的な制約から研究範囲を『気候・初対面・時間』の挨拶に限定して分析しました。その結果、日本語の挨拶には自然表現が多く、アラビア語では宗教表現が多いこと等が判明しました。学習者には挨拶の言葉に込められた意味など、日本とアラブの文化的差異を説明する必要があるとわかりました。今回の研究を論文として発表するとともに、挨拶に関するアラビア語の説明書を開発し、学習に活用することを考えています」

3.アハマド アヤ ワーエル アブドル ファッター ムハンマド
アインシャムス大学言語学部・講師(エジプト)
『アラビア語を母語とする日本語学習者のアカデミック・ライティングにおける動詞コロケーションとヴォイス - コーパス分析を通じて-』

「アラビア語を母語とする日本語学習者のアカデミック・ライティング能力を育成するため、コーパス構築のデータ収集・整理などを行いました。学習者では論文80本、コーパス語数約66万5000語、日本語母語話者では学士・修士論文計67本、約151万1000語を収集し、データ処理をしました。長期計画としては、学習者が参照できるコロケーションリストの作成や、ヴォイス、接続詞の使用実態の調査、母語話者との比較などを進めていく予定です」

4.バザンテ ジャン
フランス国立東洋言語文化学院 日本語学・准教授(フランス)
『日本語教育におけるアーギュメンテーション能力の育成と形式名詞』

「日本語学習者のアーギュメンテーション能力の育成という観点から、形式名詞の談話機能を分析しました。データ収集・分析を行い、『コト』『モノ』『ハズ』といった代表的な形式名詞を含む構文の分類を行い、7つの用途(受け皿名刺、副詞相当句、複合述語、体言化辞、名詞述語、接続助詞、終助詞)をモデル化しました。この成果を元に形式名詞を扱った教材を作成するつもりです。今後の課題としては、形式名詞以外にもアプローチを広げる必要性も感じています」

5.図雅
内モンゴル大学モンゴル学学院・教授(中国)
『モンゴル語を母語とする日本語学習者の破裂音/d/と/t/の特徴』

「国立国語研究所の前川先生、五十嵐先生にご指導いただいて研究の方法や方向性を確立し、モンゴル語を母語とする日本語学習者の語頭・語中の破裂音/d/と/t/をVOT、閉鎖時間、後続母音の声質という3つの視点から考察しました。その結果、学習者と母語話者とでさまざまな発音の違いが確認されました。日本滞在によって構築したこの研究基盤をもとにして、今後さらに実験データの対象や視点を拡張し、考察を深めていきたいと考えています」

日本文学・日本文化研究

6.水川 淳
レイクフォレストカレッジ 社会・人類学部 宗教学部・非常勤講師(アメリカ)
『生命の宿る世界の果ての生態系:3.11津波に被災した東北沿岸漁村におけるコミュニティー先導型復興事業』

「『海と生きる』宮城県気仙沼市本吉地区を調査対象として、椿の森プロジェクト、防潮堤への植栽活動、子ども支援事業という3つの住民主導型復興事業について聞き取り調査や参与型観察、一次資料の収集・分析を行いました。コロナ禍での研究は柔軟な対応や調査方法の工夫が必要になりましたが、軌道修正によって思いがけず得られた知見もありました。今回の成果を北米の学会で発表し、2023年夏以降も同地区の調査・分析を継続する予定です」

7.フレーリ マシュー パトリック
フランダイス大学・準教授(アメリカ)
『戦後の日本の漢詩雑誌と詩の正典(カノン)』

「私は近世から明治にかけての日本漢詩文の研究を行ってきましたが、このフェローシップにより、戦後日本の漢詩文という新しい研究に着手できました。昨年末からの滞在研究では、戦後日本の漢詩文の実態、日本人の漢詩に対するまなざし等を調べるため、漢詩専門文芸誌『雅友』の文献調査を行いました。戦後20年続いた同誌の読者・寄稿者は様々で、人物を特定するのが大変でしたが、漢詩文芸のすそ野の広さがわかりました。今後も他の漢詩文雑誌との関連などの調査を続けたいと思います」

8.康 志賢
全南大学校・教授(韓国)
『近世絵画と絵入り本を通してみる日韓子供文化の美術史学的・文学的調査と研究』

「絵画と絵入り本(草双紙)の作品を通して、近世の日韓子供文化のありようを探るのが研究テーマです。日本での活動としては早稲田大学のレファレンスサービスにより、天理大学や東洋大学が所蔵する貴重書を入手できました。また担当教授の成澤先生に判読などの指導をいただき、日本美術展示会にも行きました。今後は収集した資料をもとに十返舎一九作品や子どもの愛する化け物と英雄を描いた作品などから、美術的・文学的再解釈を行っていきます」

9.角田 拓也
コロンビア大学・助教授(アメリカ)
『知識と技術の交錯点:科学映画からみる日本のメディア史』

「戦後の短編映画界を代表する『岩波映画製作所』と、その前身組織『中谷宇吉郎研究室』の分析を通して科学史、技術史、受容史を考察しています。6か月間の滞在研究では、東京の市ヶ谷にある記録映画保存センターで岩波関係の資料の閲覧・整理を実施。また石川県にある中谷宇吉郎 雪の科学館で行われた研究報告会に出席し、優れた資料と関係者との交流の機会を得ました。これからも調査対象を広げ、多角的な分析を進めていきたいと考えています」

10.蘇 明仙
済州大学・教授(韓国)
『日本列島がみた「朝鮮戦争」― 1950 年代に発表された文学作品を中心に ―』

「1950年代に発行された在日朝鮮人のエスニック雑誌と日本の文芸誌から、朝鮮戦争がどのように語られているかを考察するため、文献調査をしました。6月になってようやく入国でき、日本に滞在できた期間がとても短かったのですが、1950年代の日本の文芸誌の一次資料を読むことができたのはよかったです。また担当教授の友常先生のゼミや、東京外国語大学が主催する連続講演会などにも参加しました。今後、資料の収集と分析を進め、秋開催の学会で発表します」

審査委員による講評

全員の研究発表と質疑応答が終わり、6人の審査委員の先生方から講評をいただきました。

古川隆久先生「コロナの影響で本来やりたいことが十分できなかったという方が非常に多く、その中でも精一杯やってくださった成果を伺えたのはありがたい限りです。また歴史的な資料ではやはり生の資料を見て、触ってわかることも多いので、たとえ短い期間でも日本でそれができたのであれば幸いです。ありがとうございました」

山中玲子先生「コロナ禍の中で日本に少しでもいらして、そこでどんなことができたかを伝えてくださって嬉しかったです。実際に来日をあきらめて辞退された方もいる中で、日本で受け入れ教授の方たちと交流し、研究の入り口だけでも開けたのであれば、審査委員の1人として嬉しく思います。どうぞ面白い研究をこれからも続けてください」

田中ゆかり先生「今回このような多様なご発表を伺うことができたのは、このフェローシップが当初の日本語教育・日本語研究だけに留まらず、日本学の歴史・文学・文化にもウイングを広げてきた結果だと受け止めています。国際日本学というものを涵養するために、このフェローシップが果たしてきた役割は大きかったとあらためて思いました」

小柳かおる先生「今回アラビア語やモンゴル語、フランス語話者の日本語教育でいろいろな研究成果を聞くことができ、興味深くお聞きしました。1年前は外国人の研究者は来日できない状況が続いていました。今回は短期間かもしれませんが滞在中に研究の足がかりが少しでもつかめたのであれば、ぜひ今後に活かしていただきたいと思います」

井島正博先生「コロナで滞在期間が短くなり、今回の研究発表もギリギリまで対面が予定されていましたが急遽オンラインとなり、皆様と直接お話できる機会がなくなって残念です。ですが、この研究発表会は自分の研究分野だけでなく、これまでまったく知らなかった研究分野についていろいろ教えていただくことができ、非常に有益な機会でした」

最後に、井上優審査委員長からお話をいただきました。

「今回もいつもと同様にとても贅沢な時間をいただき、ありがとうございます。コロナの関係でいろいろと制約も多かったと思いますが、今回の招聘研究が招聘研究者の皆様およびその受け入れ担当の皆様、事務方も含めて、すべての方々にとって今後の財産になることを願っています。
私はこのフェローシップに、当初は国立国語研究所の受け入れ担当者として4年ほど関わり、その後に審査員長として10年、合計で14年ぐらい関わっています。それを踏まえて二つのお願いをしたいと思います。一つは招聘研究者の方々へのお願いです。皆様の国や地域で自分の研究以外の分野の方々とも活発に交流されて、それぞれの国や地域における日本研究の地位を高めていただければと思います。もう一つは、財団と招聘研究者の方々に対するお願いです。このフェローシップはこれで終わりになりますが、これまでの日本研究で招聘した研究者の皆様は財団にとっても貴重な財産です。ぜひ今後も研究者との繋がりを大切にしていただきたいと思います。また招聘研究者の皆様におかれましても、これからもし財団から何か協力してもらえないかというお願いがあったときは、ぜひご協力いただければと思います。今後とも宜しくお願いしますということで、審査委員長としての挨拶にしたいと思います」
以上をもって第15、16回研究報告会は閉会しました。

これまで日本で滞在研究をされた招聘研究者の方々、受け入れ担当教員の皆様、受け入れ機関の窓口担当の皆様、すべての関係者の方々に心より感謝を申し上げます。そして今後の皆様の益々のご活躍、ご発展をお祈りいたします。

※各研究者の発表等を事務局でまとめました。このため、誤りの責任は全て事務局にあります。