インタビュー「無限の可能性ではなく、有限の特性を信じる」 (1/2)
小説家やコメンテーターとしても活躍されている社会学者・古市憲寿さん。テレビなどのメディアでは、冷静かつ鋭い指摘で、ズバズバと様々な問題に斬り込む姿が印象的だ。教育分野についても、幼児教育に関する本質的な提案をしている『保育園義務教育化』(小学館・2015年)や、最近では「とにかく面白い日本史を書いてみたかった」という、『絶対に挫折しない日本史』(新潮新書・2020年)を上梓している。今回は、ご自身の子ども時代のお話から教育全般に関する問題意識についてお話をうかがった。

月曜日は勝手に休んでました
こども研 古市さんご自身、どんな子どもだったのか気になるのですが、ちなみに小学生のときはどんな感じだったのですか?
古市 春休みに教科書が来ると一気に全部読んでいました。それが予習で、学校の授業は復習はというやり方にしてましたね。
こども研 自分でそんな方法を編み出したのですか?
古市 そうですね。当時はまだ週休2日に完全にはなっていない移行期だったのですが、勉強は週6日朝から晩まで1年間やるのに、教科書はたったこれだけしかないのか、とすごく疑問に思っていました。
こども研 今でも勉強ができる子は学校の勉強が物足りなくてつまらないというケースがあるらしいですね。
古市 僕の場合、つまらないというよりも授業が多すぎると感じていました。ほかに選択肢もないので、ふつうに授業は受けていましたけど、小学校中学年くらいのときには月曜日は休みにしてました。
こども研 それは勝手に?
古市 勝手に、ですね。年間に50日くらいは休んでいたことになりますね。
こども研 先生や親御さんは何も言わなかったのですか?
古市 困っていたはずです。でも勉強は問題なくできていたので、あまり文句も言えなかったのだと思います。
古市 教科の勉強以外で学校がなぜ必要かというと、一つは友達と会う場だということですよね。人と知り合って集団の中で生活していく場所ということでは、これからも学校の意味は変わらないと思います。でも一方で、日本では学校という場が窮屈すぎるとも思います。クラス制でがんじがらめになっている印象が強いのです。昔のような終身雇用制の時代であれば、朝から晩まで同じクラスで同じ子どもたちと一緒にいることで必要なスキルが身につけられたと思いますが、今は転職したり海外に移住したりすることのハードルがかなり下がったわけですから、むしろ多様なコミュニティで上手くやっていくスキルの方が大事になっているのではないでしょうか。
こども研 子どもに限らず、人の性格って相手によって変わることも多いですから、あるクラスで自分が浮いた存在になったとしても別のクラスに行けば自分の別の面が出てきて、居心地がよくなることもありますよね。ところで、古市さんはとても交友関係が広くて、人とうまくやっていく能力が高いようにお見受けするのですが、学生時代から人付き合いで何か意識してきたことはあるんですか?
古市 別に特別なことをしてきたわけではないのですが、人と接するのは好きな方ですし、誘いを待つのではなくて、自分から誘うようにはしてますね。でも、子どもの頃は、クラスの子たちと仲が良かったわけではなくて、友達があまりいないタイプでしたね。
こども研 そうなんですね。
古市 子どもの頃の狭い社会の中で、共通点があってすごく仲が良くなる人を見つけるのは、実はすごく難しいことだと思います。だから、子どものときに友達がいないことは別に心配する必要はないというのが持論です。大人になって自分の興味嗜好、価値観が確立してから、本当に人と人はつながれるのではないでしょうか。友達をつくるのは大人になってからでいいのではないかと思いますね。
こども研 それはなかなか斬新な考え方かもしれないですね。でもたしかに、小中学生で友達ができなかったとしても、「自分はコミュニケーションが下手な人間だ」と思い込んで悩む必要はないということですね。
古市 もちろん、地元のつながりで幸せな生活ができていることは良いことだと思いますけど、子どものときに無理をしてでも友達をつくる必要はないと思います。